10年後に後悔しないだろうか?…子育てを外注し、仕事に全振りした元・米メガバンク管理職が抱いた“違和感”。「お金で時間を買う」本当の目的に気づいたワケ
ベンジャミン・フランクリンが残した「Time is money」という有名な言葉がありますが、現代人の多くは「時間もお金も常に足りない」という焦燥感に追われています。しかしこの焦りの正体は、物理的な不足以上に、脳が陥っている「欠乏のマインドセット」にあるかもしれません。たとえ十分な収入や自由な時間があったとしても、脳が「足りないもの」ばかりを探すよう設定されていれば、私たちは永遠に満たされることはないでしょう。そんな負のマインドから抜け出す鍵は、根性論ではなく脳科学的な注意の采配にあると、米国の金融業界で20年以上管理職を務め、ハーバード大学のエクステンション・スクールで認知神経科学を学んだエグゼクティブコーチの吉川ゆり氏は言います。本記事では、同氏の著書『なぜ、あなたは時間に追われているのか』(日経BP)より、欠乏感から脱却するための「3つのステップ」と、筆者自身の体験を交えた「時間をお金で買う」ことの本当の目的についてみていきましょう。
時間が足りない人は、「お金も足りない」と“思い込んでいる”
時間と切っても切り離せないのがお金であり、この2つには興味深い法則があります。それは「時間がないと思っている人は、お金も足りないと思っている」ことです。実際に長時間労働によって収入を確保しなければ生活できないという方もいますが、たとえ十分な収入があっても「足りない」と感じている人もいます。
その原因として考えられるのが、「欠乏のマインドセット」を持っていることです。「足りない、足りない」というフィルターを通して世界を見ている人は、いくら時間やお金があっても足りないと感じてしまいます。
[図表]欠乏のマインドセット 出典:『なぜ、あなたは時間に追われているのか』(日経BP)より
脳が「足りない点」ばかりを重要とみなす「欠乏のマインドセット」
私たちの脳には、「網様体賦活系」(RAS)という機能があります。これは主に脳幹に位置し、覚醒レベルや注意の向きやすさを調整する働きを担っているといわれています。
私たちは常に膨大な感覚情報にさらされていますが、RASはそのなかでも「新しい」「重要そう」「感情的な意味を持つ」といった刺激を優先的に脳へ通す役割を果たします。例えば、「赤い車が欲しい」と思ったら、街中で赤い車ばかりが目につくようになる、といったことがありますが、これは、目標や関心のある情報に注意が向きやすくなるためで、RASを含む注意の仕組みが関与していると考えられています。
RASは「生きる上で必要か」「危険はないか」「今の目標に関係あるか」「効率がいいか」といった基準で、前頭前野などの高次の脳領域と連携して、私たちの注意の向く先を調整しています。
「欠乏のマインドセット」とは、このRASが「リスク」「足りない点」「うまくいっていない証拠」「他人との比較」「過去の失敗パターン」といったものばかりを重要だと判断するように“訓練”されてしまった状態です。
一度このフィルターができてしまうと、たとえ客観的に見て豊かな状況でも、脳は「足りない証拠」ばかりを探し出して、あなたに「やっぱり足りない」と教えてしまうのです。
足りているものに目を向ける…“欠乏感”から抜け出す「3ステップ」
どうすれば、このような「欠乏のマインドセット」から抜け出せるでしょうか。豊かな人生を送るための3つのステップを紹介しましょう。
ステップ1:フィルターを書き換える
ステップ2:「足りない」の反証を探す
ステップ3:言葉にして宣言する(意図設定)
ステップ1.フィルターを書き換える
私たちが自分に問いかける質問は、脳の情報のフィルタリングに大きく影響します。「なぜ私ばかり忙しいんだろう?」とよく自分に問いかけていると、ネガティブな情報ばかりが目につきます。ここは思い切って、普段と違う角度からの質問を投げかけてみてください。
「なぜ自分は運がいいんだろう?」
「なぜ私っていつも、結局なんだかんだうまくいくんだろう?」
最初は違和感があるかもしれません。でも、脳は質問されると勝手に答えを探し始めます。「そういえば、電車で座れたな」「上司から褒められたな」そんなふうに、小さなうまくいっている証拠を見つけてくれるでしょう。
さらに、今あるものに目を向ける質問をするのも効果的です。
「足りているものは何か?」「今すでにある資源は何か?」
すると、たくさんの答えが見つかるはずです。「健康な体がある」「協力してくれる同僚がいる」「雨風をしのげる家がある」。当たり前すぎて見落としていた、あなたの「あるもの」が見えてきます。このように「足りないもの」ではなく「足りているもの」を言語化するトレーニングによって、RASが情報を選別する基準も変わっていくでしょう。
ステップ2.「足りない」の反証を探す
「足りない」と思い始めたときには、反対の証拠を探してみましょう。「お金が足りない」と感じていても、こうして本を読めているのは、本当に「生きていけないほど」ではないかもしれませんよね。「時間が足りない」と思っていても、YouTubeを見る時間は意外とつくれている、なんてこともあるかもしれません。
夜寝る前の振り返りの時間に、次の3つの質問を自分にしてみてください。
・今日、少しでも前に進んだことは何か?
・今日、うまく使えたスキルは何か?
・今日、自分で選択して行動できた時はいつだったか?
この質問を毎日続けることで、脳が「自分は前に進んでいる」「自分には力がある」情報が重要だと認識し始めます。すると、自信と余裕が少しずつ生まれてきます。
ステップ3.言葉にして宣言する(意図設定)
やることが山積みでパニックになりそうな時は、一度止まってこう宣言してください。
「私は自分のやりたいことや、しなければならないことをする時間が十分にあります」
この宣言は精神論ではなく、脳に対して明確な命令をする効果があります。言葉にして宣言することで、脳の注意の向き先が整理され、過剰な不安反応が落ち着きやすくなります。
パニック状態の時は、脳は「危険」だと判断し、あらゆる不安要素に注意を向けようとして注意散漫になります。「時間はある」「大丈夫だ」と宣言することで、本当に必要な情報だけに注意を向けやすくなるでしょう。その結果、状況を整理し、次に取るべき行動が見えやすくなるのです。
時間をお金で買っても、“浪費”していたら意味がない
時間の足りなさを補う手段として、「お金で時間を買う」という方法があります。例えば、忙しく働く人が家事代行を使ったり、タクシー移動をしたり、便利な家電を買ったりするといったことです。これは決して悪いことではありません。
まず、それが必要な出費なのかを考える方法の1つとして「時給換算」があります。例えば、ボーナスを含めた年収が400万円で、月に20日、1日7時間働く人がいたとします。この人の時給は単純に計算すると約2400円です。この人が、1時間かかる掃除を2000円で外注したとしましょう。外注している1時間でこの人は2400円を稼ぐことができますから、2000円を支払っても「400円得した」と考えることができます。
しかし、私は「時給換算をすることには落とし穴がある」と考えています。確かに計算上は得をしたように思えますが、掃除をしてもらって空いた1時間をダラダラと過ごしたとしたらどうでしょうか。あるいは、罪悪感を覚えながら休んでいたとしたら? 本当に得をしたのでしょうか。
大切にしたいのは「お金で買った時間を自分の価値向上につなげられるか」という視点です。
会社員の方なら、その時間で資格の勉強をして将来の年収アップにつなげるのもいいでしょう。あるいは、疲れきった体を回復させて、翌日の仕事のパフォーマンスを上げるのも立派な投資です。そして、大切な家族や友人と過ごし、心のエネルギーを充電すること。これもあなたの人生の価値を高める重要な時間です。
子育てを外注してふと湧いた“疑問”
こうお伝えするのは、私自身が経験したことだからです。子どもが小さかった頃、私は子どもの世話をナニーさん(子育て専門のケアワーカー)にお願いして、その時間をすべて仕事に充てていました。「私が働く時給のほうがナニーさんに支払う報酬より高いから、このほうが合理的だ」と信じていたのです。
でも、子どもたちが日々成長していく様子を見て、ふと疑問に思いました。「10年後に子どもの成長の瞬間を見逃したことを後悔しないだろうか。私は何のために稼いでいるんだろう? 今の状態が、本当に私が望む豊かな人生なのだろうか」。
私はそこで、「時間を買うかどうか」ではなく、「自分の人生にとって、何に時間を使うべきか」を改めて考え直しました。そして、ナニーさんに払っていたお金を、自分自身のスキルアップのための勉強代にして、スキルを身につけて将来の働き方をコントロールできるようになろうと考えたのです。
その結果、副業で始めたコーチングで起業することができ、今では子どもと一緒に過ごす時間を十分確保できるようになりました。本当に豊かな時間を過ごしたいなら「お金はどんな価値と交換されているか」を問い続けることが大切です。
・将来の選択肢を広げることにつながっているか
・回復や集中を取り戻す時間になっているか
・大切な人との関係を深めているか
これらのいずれかに当てはまるなら、その時間をお金で得る意味はあると言えるでしょう。
吉川 ゆり
Mental Breakthrough Coaching™スクール 代表
