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文化庁が公表した令和6年度「国語に関する世論調査」によると、「潮時」の意味について、辞書等で本来の意味とされてきた「ちょうどいい時期」と答えた割合は41.9%だったそう。時代の流れで日本語が変化していくなか、新聞や雑誌、書籍などあらゆる媒体の誤字脱字を拾い上げ、言葉の精度を極限まで高めているのが「校閲記者」たちです。そこで今回は、産経新聞からテレビ番組のテロップまで、多岐にわたる媒体の校閲を一手に担う産経編集センター校閲部の校閲記者が連載するコラムを書籍化した『いじわるな日本語 〜校閲の現場から〜』より一部を抜粋し、日本語の奥深さをご紹介します。

【書影】日本語の奥深い森で日々奮闘する校閲記者たちのリアルな本音と、知的好奇心を刺激する「うんちく」が詰まった一冊。産経編集センター校閲部『いじわるな日本語 〜校閲の現場から〜』

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「役不足」は力不足?

いつも何げなく使っている言葉の中から、誤って使われがちなものを紹介します。

まずは「役不足」です。その意味は (1)俳優などが、自分に割り当てられた役に対して不満を抱くこと (2)その人の力量に比べて、役目が軽すぎること(岩波書店「広辞苑」第七版)です。本来は「芝居や演劇で割り当てられた役が自分の実力・力量に対して軽すぎると役者・俳優が不満を示す」ことから出た言葉です。これが転じて、一般には「与えられたポストや仕事が、その人の能力・力量に対して軽すぎること。つまり、軽い役目なので力を十分に発揮できないこと」という意味で使われます。

ところが「こんな大役は、私には役不足なので辞退します」「会長のポストは、私では役不足ですのでお断りします」など、「役不足」本来の意味と反対に「自分には大役すぎる」「荷が重い」という意味で誤って使われる例が目立ちます。(NHK放送文化研究所ホームページ)

文化庁の「国語に関する世論調査」(2006年度)によると、「彼には役不足の仕事だ」という例文を挙げて「役不足」の意味を尋ねたところ、「本人の力量に対して役目が重すぎること」という回答が50.3%、「本人の力量に対して役目が軽すぎること」という回答が40.3%で、本来と違う意味で使っている人の方が多いことが分かりました。

自分では謙遜するつもりで使っていても、正反対の意味になってしまうので注意が必要です。

「失笑」の「失」は「失う」ではなく…

次に「失笑」です。その意味は「(笑ってはならないような場面で)おかしさに堪えきれず、ふきだして笑うこと」(岩波書店「広辞苑」第七版)です。「失笑」は本来、笑いを抑えることができず吹き出してしまう様子を言ったもので、「笑いも出ない」状況に使われる言葉ではありません。失笑の「失」は「失う」ではなく、「失言」「失火」などと同様に抑え込んでおくべきものを抑え切れず、うっかり外へ出してしまうという意味があります。

例えば、緊張するような状況で周囲の人が真剣な顔つきをしているのがかえっておかしくなり、つい笑ってしまうようなときにも「失笑」を用いることができます。(文化庁ホームページ)

文化庁の「国語に関する世論調査」(2011年度)によると、「彼の行為を見て失笑した」という例文を挙げて「失笑する」意味を尋ねたところ、「こらえ切れず吹き出して笑う」との回答が27.7%、「笑いも出ないくらいあきれる」との回答が60.4%で、こちらはすでに多くの人が本来と違う意味で使っていることが分かりました。

校閲作業をしていて、普段使っている言葉は疑問を持つことなく読んでしまいがちですが、そういう言葉こそ注意が必要です。

インタビューは答えるもの?応えるもの?

先日、校閲作業中にこんな表現を目にしました。

「インタビューに答える、**氏」


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む、む、む……、この場合の「こたえる」って、この漢字でいいの? もしかすると「応える」の方が適しているかも? 本来「答える」と書くなら、「インタビューの質問に」としなくちゃいけないんじゃないの? でも、そんなこと読者も分かっているだろうし、あえて書いてしまうと野暮ったい気も……。

校閲者の職業柄か、そんなことが頭の中をぐるぐると巡りだしました。結果、時間に追われていたこともあり「表現として間違いではない」と判断、そのままの形で残しました。

とはいえ、正解を出さず先に進んでしまうと後で困るので、広辞苑で調べました。すると「返事や解答の場合には『答』、反応などの場合には『応』を使うことが多い」とありました。まあ、想定内の説明です(笑)。なお、私たち校閲部員の規則書「産経ハンドブック」には、インタビュー時のルールは明記されていませんでした。

ネットで調べると、“インタビューの質問”に対しては「答」、“インタビューという行為”に対しては「応」を使用するという意見が大半。また、「応える」ではなく「応じる」とした方がわかりやすく、多く使われる表現のようです。ただ、インタビューの写真説明については、質問に回答している場面が多いので基本的に「答」を使うケースが多いとのこと。ちなみに私が校閲作業時に見た写真は“質問に回答する瞬間”ではなく、“記者の質問を聞いている瞬間”でしたので、判断に迷ったのも分かっていただけますでしょうか。

「異字同訓」の漢字

「こたえる」には「持ちこたえる」のように、我慢する、こらえる意味の「堪える」もありますが、これは平仮名で表記します。なお、「応える」を「こたえる」と読ませるようになったのは2010年の常用漢字表の改定から。それまで「応える」は記事上では平仮名表記となっていました。

「応える・答える」以外にも、判断に迷う語句はたくさんあります。代表的なものでは「超える=基準・限度・枠など」と「越える=壁・期限・権限など」、「作る=主に規模の小さいもの」と「造る=主に規模の大きいもの」と「創る=創造、独創を強調」といった具合です。

さらに「取る・捕る・採る」も、出てくれば毎回のように迷います。こちらは対象物が重要で、果実・コメ・大量の魚・点数などは「取る」、鯨・ネズミ・虫・ボール・(少量の)魚などは「捕る」、貝・木の実・山菜・キノコなどなら「採る」と使い分けます。さらに指揮や筆を「執る」、映画や写真を「撮る」もあります。

このような「異字同訓」の漢字は、文化審議会国語分科会も「使い分け例」(2014年2月)として報告していますが、「明確に使い分けを示すことが難しいところがあることや、使い分けに関わる年代差、個人差に加え、各分野における表記習慣の違い等もある」としており、校閲作業時はやはり不安が先立ってしまいます。どんなに自信があってもハンドブックを見ながらの最終点検は欠かせません。

それにしても日本語は難しいですね。ものによって使い分けのルールがあいまいだったり、人によって解釈が変わってしまったり……。改めて日本語の奥深さを再認識しました。

※本稿は、『いじわるな日本語 〜校閲の現場から〜』(産経新聞出版)の一部を再編集したものです。