【だいまつ】「ここまでの大失敗は見たことがない」福岡の大型モールが開業たった10年で80→1店舗に激減…その異様すぎる光景
福岡県水巻町の商業施設「グランモール」は、開業時に80店舗がオープンしたものの、現在はスーパー1店舗のみが営業し、ほぼ全スペースが閉鎖された廃墟モールと化している。ここでいま中核テナントとなっているのが、なんとバナナの苗を育てる施設だ。その経緯も異例だが、さらに驚くのはその運営主体が投資トラブルで話題の「みんなで大家さん」であること。グランモールを巡る現状を、各地のショッピングモールを巡ってきたYouTuberのだいまつ氏が解説する。
福岡県遠賀郡水巻町。JR鹿児島本線・水巻駅から15分ほど歩いた国道沿いに、「グランモール」という大型商業施設がある。
敷地面積は約69600平方メートル、延床面積は約52300平方メートル--少し小型のイオンモール相当の規模だ。しかし今、建物内のほとんどはバリケードで閉鎖され、2階へは上がることすらできない。
営業しているのは1階の片隅にあるスーパー「ラ・ムー」の1店舗のみ。もはや商業施設と呼んでいいのかも分からない状態が、もう数年続いている。
開業10年で80店舗→1店舗に
グランモールが開業したのは2010年。翌2011年時点では80店舗が出店していた。しかし10年も持たずにテナントが相次いで撤退し、2021年にはスーパー1店舗だけが残るいわゆる「デッドモール(廃墟モール)」と化してしまった。
筆者はYouTubeチャンネルで各地の商業施設を取材してきたが、ここまで大失敗に終わった例は見たことがない。盛り上がったのはオープン当初だけなのではないだろうか。
実際に施設へ足を踏み入れると、その異様さは一目瞭然だ。内部のほとんどはバリケードで囲われて閉鎖されており、2階へは上がることすらできない。
スーパーが営業しているのは建物の右側にあたる部分のみ。中央部や左側へは通り抜けできない構造になっており、施設の大半はただの使われない空間と化している。さらに驚いたのが、ATMコーナー跡地に設けられていた休憩スペースだ。植栽が所狭しと並べられ、そこへも立ち入れなくなっている。さすがに休憩スペースまで撤退している商業施設は初めて見た。
訪れたときはスーパーの客足もまばらで、経営が成り立っているのか正直心配になった。それでも、このスーパーが閉店すれば施設として完全に終わりだ。これからも末長く続いてほしいと思う一方、現在の所有者に商業施設として再生させる意志は感じられない。
グランモールのキャッチコピーは「もっと、みんなと、ふれあいたい。もっと、みんなと、楽しみたい。もっと、あなたのそばに」であるが、テナント募集の告知はどこにも見当たらなかった。
衰退の「最大の原因」
衰退の最大の原因は、立地と視認性の悪さだ。国道に面してはいるものの、片側からしか入ることができない。さらに周囲を木々に囲まれているため、建物がほとんど見えない。初めて訪れた際は、突然看板が現れて「ここで曲がるの!?」と驚いたほどだ。
加えて、近隣にはイオンモールやショッパーズモールなどの競合施設がすでに存在していた。専門店には地元テナントや九州初出店の店舗も並んだようだが、結果的に集客力のある目玉テナントを欠いたまま、競争に敗れていった。また、その立地の悪さゆえにテナントをなかなか入れ替えられなかったことも、デッドモール化を加速させたといえる。
筆者はこれまで趣味やYouTube取材で数多くの商業施設を巡ってきた経験から、寂れた施設でも生き残りやすいテナントが3種類あると感じている。
まず、スーパーと百均。日常生活に欠かせない業態は、施設全体の集客力に左右されにくい。次にフィットネスジム。月会費制の契約のため、施設の人気とは無関係に一定の利用者が確保できる。
グランモールにはこれらのテナントがすべて揃っていたが、いまや百均もフィットネスジムも撤退してしまっている。「生き残りやすい業態でさえ逃げ出した」という、その一点だけでも、この施設がいかに特異な状況にあるかが分かる。
グランモールが生まれるまで
実は、この土地には複数の計画が頓挫した歴史が積み重なっている。
もともとは「みずほPayPayドーム福岡」と同規模の敷地に、「生活城塞都市メルカート」という別の大型商業施設の開業が計画されていた。しかしこれはバブル崩壊などを理由に断念。規模を縮小した「メルカートモール」も計画されたが、これも頓挫した。やはり最初から経営面を危惧されていたのかもしれない。
その後、別の不動産会社が土地を取得して「ヒルトップテラス」という商業施設を計画するも、こちらも度重なる延期の末に断念。最終的に豊田通商が計画を引き継ぎ、グランモールとしてなんとか開業にこぎつけたのだ。もっとも、その時点で核テナントが撤退するなど、出発点から不穏な空気が漂っていた。
なお、建物自体は横長のシンプルなつくりで、動線はわかりやすく問題はない。「とにかく動線が複雑で、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる」というのが失敗した商業施設にはあるあるの話だが、ここはそうではないのだ。
豊田通商にとっては初めての商業施設運営でノウハウが不足していたことは一因とはいえ、根本的な最大の失敗要因はやはり立地の部分だろう。
こうして2010年代後半には、豊田通商も土地・建物を手放してしまった。そして現在、この廃墟モールに起きていることが驚きだ。なんと建物の中核に「バナナ工場」が作られているというのである。
(写真はすべて筆者撮影)
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【つづきを読む】わずか10年で80→1店舗まで激減、最後のテナントはまさかの「バナナ畑」に…世にも奇妙な「福岡の廃墟モール」の実像
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