「全部、家族のためだった」月収250万円の45歳父。港区のタワマンに住み、6歳の息子は私立小学校通いも…新品のランドセルで笑う息子を前に、内ポケットへ隠した〈税務署からの差押予告〉

写真拡大

「周囲がやっているから」「自分と同じ苦労をさせたくないから」。そんな親心による教育投資は、一度始めると途中でやめられなくなりがちです。高コストエリアに住まう経営者にとって、見栄やコンプレックスは、気づかぬうちに「事業の運転資金」を侵食するコスト要因となり得ます。事業には不可欠な「撤退戦略」を、なぜ家庭には適用できないのか。丸山社長(仮名/45歳)の事例から、市場から退場させられる経営者の共通項を探ります。※本記事で紹介する事例は、実際にあった出来事を基にしていますが、個別事案が特定されないようプライバシーに配慮し、登場人物や具体的な状況に一部変更を加えて再構成したものです。

港区のタワマン、ポストに入っていた「差押予告」

港区にあるタワマンで暮らす丸山社長は玄関先でネクタイを締めていました。

「パパ、もう行くの?」

新品のランドセルを背負った6歳の息子が問いかけます。百貨店で選び抜いたそのランドセルは、丸山社長が「最初くらい、いいものを持たせてやりたい」と奮発したものでした。息子が通う学校は、都内でも有名な私立小学校です。

いつもの癖でふとポストに手を伸ばすと、一通だけ異質な封筒が混じっていました。差出人は税務署。嫌な予感を抱きながら開封すると、そこにあったのは「差押予告通知」の文字。滞納額は数百万円。期限までに納付がなければ売掛金を差し押さえるという、切迫した内容です。

丸山社長は一瞬立ち尽くしましたが、すぐに表情を整え、封筒をスーツの内ポケットに押し込みました。

「うん、いってきます」と完璧な父親として息子に笑いかけました。しかし経営者としての足元は、すでに崩れはじめていたのです。

「子どものため」という言葉に隠されたコンプレックス

丸山社長の会社は、創業12年の内装工事を請け負う会社です。社員は10人ほどと小規模ですが、仕事は安定しており、社長自身の月収は250万円程度。売上も順調に伸びていました。

息子の進学先を考えたきっかけは、妻の何気ない一言でした。

「どうせなら、ちゃんとした教育受けさせたくない?」

周囲の経営者仲間の子どもたちは、私立やインターが当たり前。英語、プログラミング、音楽、スポーツ。いわゆる“教育”に投資している家庭ばかりです。「うちだけ遅れてていいの?」という言葉に、丸山社長は反論できません。

地方の公立育ちで、決して裕福ではなかった丸山社長にとって、自らの努力で成功を掴んだ自負がある一方で、拭いきれないコンプレックスもありました。「子どもには同じ思いさせたくない」そんな願いは裏を返せば過去の自分に対するリベンジのような側面があったのかもしれません。

「月150万円」の固定費

息子の入学後、丸山家の固定費は膨れ上がりました。学費に加え、アフタースクール、英語家庭教師、ピアノ、サッカー、プログラミング教室。さらに港区の家賃を含めると、毎月の固定費は150万円近くになっていました。

しかし、最大の問題は金額ではありません。一度始めると「途中でやめられない構造」に陥ることです。「子どもがかわいそう」「これまでのお金が無駄になる」という感情が、合理的な判断を鈍らせます。さらに決定的だったのは、息子自身の一言。

「転校したくないな……」

丸山社長のから“撤退”という選択肢を完全に奪い去りました。

経営者が越えてはならない一線

教育費の引き落としが迫るなか、個人の口座に余裕がなくなった丸山社長は、会社の口座にあるまとまった資金に目をつけました。


「少しだけなら、いけるか……。すぐ戻すし、問題ないだろ」


そう自分に言い聞かせ、ついに会社の資金に手を出しました。経営者が絶対に越えてはいけない一線です。一度これを越えると、心理的ハードルは驚くほど低くなります。

しかし、この行為は財務諸表上、恐ろしい足跡として残ります。「役員貸付金」の計上です。

金融機関からの信頼を失うことに

金融機関は、決算書にこの項目をみつけた瞬間、冷酷な判断を下します。「我々が事業のために融資した資金が、経営者個人の生活費に流出している」とみなすからです。これは単なる一時的な借り入れではなく、「資金管理能力の欠如」という経営者失格の烙印を押されることにほかなりません。

実際に丸山社長も、その現実に直面することになります。運転資金の確保のため、いつものように金融機関へ融資の相談に訪れた際、担当者の反応はこれまでとは明らかに違っていました。

「今回の試算表ですが、役員貸付金が計上されていますね。この状態では追加のご融資は難しいです」

これまで順調に融資を受けられていたにもかかわらず、その一言で審査は実質的にストップしました。「すぐに返済する予定です」と食い下がっても、金融機関の判断は覆りません。一度でも社外に資金が流出した事実は、「資金管理に問題がある会社」という評価を決定づけてしまうのです。

新規融資の否決、既存融資の条件悪化、そして最悪の場合はリスケジュール(返済猶予)や回収圧力へ……。「あとで返せばいい」という甘い考えが、会社の信用そのものを毀損してしまいました。

家族はブレーキにならない

入学式から数ヵ月後、再び税務署から届いたのは「差押通知」でした。滞納していた税金のため、会社の売掛金の一部を差し押さえられ、もはや隠し通せる状況ではなくなりました。

その夜、丸山社長は妻にすべてを打ち明けました。会社の状況、借入、そして、会社のお金を使ってしまったこと。「学校、変えるしかないと思う」と切り出した丸山社長に対し、妻の対応は冷ややかなものでした。

「は? 無理に決まってんじゃん。いまさら転校とか、ありえないから。会社も大事だけどさ、子どもの環境も大事でしょ?」

丸山社長は言葉を失いました。

当然の結果でしょう。子どもは環境を手放したくありませんし、妻も生活水準を下げることに抵抗を示します。多くの経営者が勘違いしがちですが、家族は必ずしも“経営のブレーキ”にはなってくれないのです。

見栄を固定費にした経営者の末路

丸山社長の会社は、その後数ヵ月で資金ショートに陥りました。倒産の原因は、景気悪化でも売上の減少でもありません。過度な「見栄」を“固定費化”してしまったことにあります。

「子どものため」という言葉は、他人との比較や過去のコンプレックス 、あるいは経営者としての承認欲求を正当化するためのオブラートに過ぎなかったのかもしれません。


丸山社長は、「全部、家族のためだったんだよな……」とつぶやいていました。しかし、それは違います。単なる自己満足です。

会社や家庭が破綻する経営者には、明確な共通点があります。

・固定費が高すぎる 

・見栄の支出が削れない 

家族に現実を共有できない 

・法人と個人の境界が曖昧 

会社も家族もどちらも大事なのは事実です。しかし両方を守るためには、常に「いつでも撤退できる戦略」を持っておくことが不可欠です。

その支出は、本当にいますぐやめられるでしょうか? もし、「やめられない」のであれば、それは投資ではなく、あなたの意思決定を縛る“固定費”です。この判断を間違えた経営者から順に、市場から退場していくことになるのです。

萩原 峻大

東京財託グループ 代表