(※写真はイメージです/PIXTA)

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第一志望校への合格は、中学受験に励む親子にとって最大の目標です。しかし、念願の合格を手にした瞬間に、心身の糸が切れてしまうケースは少なくありません。ある母子のケースをみていきます。

難関私立中学校に合格したが…

都内・大手企業に勤務する佐藤美由紀さん(46歳・仮名)は、昨年の春、一人息子の直樹さん(当時12歳・仮名)が難関私立中学校に合格した日のことを鮮明に覚えていると語ります。直樹さんは小学校3年生から進学塾に通い、常に上位クラスを維持。偏差値は70を超え、周囲からは「神童」と称される存在でした。

「合格通知を見た瞬間、私は思わず声を上げて喜びました。でも、隣にいた息子は『……終わった』と一言だけ。ほっとしたのかな、くらいにしか思っていませんでした」

しかし、その「終わった」という言葉は、想像以上に重い意味を持っていました。合格発表の翌日から、直樹さんは机に向かうことをやめ、自室にこもるようになります。食事にも手をつけず、入学準備にも関心を示さない日々が続きました。一週間後、心配になった美由紀さんが部屋に入ると、そこには、それまで大切に使っていた教材が細かく破かれ、床一面に散乱している光景が広がっていました。

ベッドに横たわったままの直樹さんは、力のない声で「もう無理、何もしたくない……」とポツリ。それは完全に力を使い果たしたような、深い無気力の状態だったといいます。

「せっかく頑張って第1志望の中学校に合格したのに……顔面蒼白になりました」

その後、専門医の診断を受けた直樹さんは、長期間の過度な努力とプレッシャーの末に心身のエネルギーが枯渇する「燃え尽き症候群」と診断されました。

「振り返ると、息子はずっと走り続けていました。目標に向かっている間は保てていた気力が、合格と同時に一気に切れてしまったんだと思います」

直樹さんは入学式にも出席できず、新生活は大きく遅れてのスタートとなりました。当初、美由紀さんは「せっかく合格したのに」という思いを捨てきれず、どうにか登校させようと声をかけ続けていたといいます。しかし、それがかえって直樹さんを追い詰めていることに気づき、対応を大きく見直しました。

「まずは何もしなくていい、と伝えました。勉強の話も学校の話もしない。食べられるものだけ食べて、眠れるだけ眠ればいいと」

同時に、定期的なカウンセリングと通院を続け、家庭内でも「結果」ではなく「状態」を気にかける関わり方へと変えていきました。時間はかかりましたが、直樹さんは少しずつ日常を取り戻し、入学から半年後には登校が可能に。現在は無理のないペースで学校生活を送りながら、以前のように成績を追い求めるのではなく、自分の興味のある分野に時間を使うようになっているといいます。

「合格はゴールではなくスタートですが、息子にとっては、あの受験がすべてでした。そこにかける思いを、きちんと汲み取ってあげられなかった自分が情けないです」

増え続ける不登校…その背景にあるのは

文部科学省『令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』によると、小・中学校における長期欠席者数は50万6,970人(前年度49万3,440人)。そのうち不登校は、小学校で13万7,704人、中学校で21万6,266人にのぼります。

不登校の増加については、背景も複合的です。子どもに「無理に登校しなくてもよい」という休養の考え方が広がってきたことに加え、コロナ禍を経て保護者や子ども自身の登校に対する意識も変化。また、発達特性など特別な配慮を必要とする子どもへの早期支援の難しさや、生活リズムの乱れへの対応といった課題も指摘されています。

特に懸念されるのが、自己評価の源泉を外部の数値に依存する危うさです。独立行政法人国立青少年教育振興機構『高校生の心と体の健康に関する調査(2021年)』では、「自分は価値がある人間だと思う」と回答した日本の高校生の割合は他国と比較して低く、自己肯定感の脆弱さが指摘されました。これは高校生が対象の調査であるものの、直樹さんの場合も同じようなことがいえます。高い偏差値や合格という結果だけを自己の存在証明にしてきた子は、目標を達成した瞬間に心身が枯渇する「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に陥るリスクを抱えているのです。

厚生労働省の定義によれば、燃え尽き症候群は「それまで意欲的に取り組んでいた人が、心身の極度の疲労により、社会に適応できなくなる状態」を指します。文部科学省も、生徒指導において画一的な指導ではなく、個々の状況に応じた柔軟な対応の重要性を説いています。燃え尽きを「甘え」と切り捨てるのではなく、一つの役割を終えた心身のSOSとして受け止める視点が欠かせません。親が偏差値・成績という物差しを一度手放し、子が自分の意志で次のステップへ踏み出せるまで「何もしない時間」を許容することが、長期的な回復に向けた一つの方法になります。