プロレスラーのような体で衝撃のガチタンバリン…「病床で」「やけくそで」新たな道切り開いた元ドラマー
【しあわせ小箱】
タン、ツク、パン、ツク、シャンシャンシャン……。
まだ肌寒い3月中旬、東京都世田谷区の東急電鉄二子玉川駅近くの路上ライブ会場。大石竜輔さん(39)のたたくタンバリンの音が響く。リズムにつられてギターやバイオリンのメロディーがぐいぐい加速し、聞き入っていた聴衆もノリノリになって体を揺らした。
子どもの頃は学校で、大人になればカラオケで。誰もが一度は手にしたであろうタンバリン。でもプロの演奏は上司の歌を盛り上げるのとはレベルが違う。
手はムチのようにしなってジングル(鈴)を鳴らし、5本の指は目にも留まらぬ速さで震えて本体をたたく。リズムを刻むだけではない。たたく位置を変えることで音に変化をつけ、ソロのパートも堂々とこなすのだ。
おまけに金色の長髪を振り乱し、プロレスラーのようないかつい体を揺らしながらたたく姿はインパクト抜群。多彩で情熱的な演奏は、まるでロックのドラムのようだ。
実は若い頃、ドラマーとしてメジャーデビューを目指していた。タンバリンをたたくようになったのは、夢破れたからだ。「今では毎日持ち歩いています」というタンバリンだが、最初の頃は暇つぶしのつもりだった。
ヘルニアで1年間寝転びながら練習
ドラマーとしてメジャーデビューを目指していた大石さんがタンバリンを始めたのは、「職業病」がきっかけだった。
高校卒業後にドラムの専門学校に通い、都内でバンド活動を始めたが、鳴かず飛ばず。おまけにヘルニアを患った。長時間座って手足を激しく動かすドラマーには珍しくない病だ。腰が曲がって歩くのも大変になり、23歳の頃、ドラムスティックを置いた。
失意の中、静岡県吉田町の実家に戻った。もう夢も仕事もない。そもそも腰が痛くてベッドから動けない。そんなときふと、外国のタンバリン奏者の動画を以前見たことを思い出した。
「そういえばあのとき買ったタンバリンがあったな」。さっそく引っ張り出し、天井を仰ぎながらたたいてみた。
初めの頃は暇つぶしだったが、そこは元ドラマー。リズムを刻む感覚がやみつきに。色々な動画を見ながら練習し、気づけば1年間、寝転びながらたたき続けていた。
腰の調子が良くなると、浜松市の楽器店に走った。お目当てはもちろんタンバリン。たたくと店主に「こんなにうまい人は見たことない」と驚かれ、その場でベリーダンスを披露するレストランでの演奏の仕事が決まった。果報は寝て待てとはよく言ったものだ。
「ガチタンバリン奏者」名乗り動画投稿
半ばやけくそだった。2020年2月、大石さんはユーチューブで「バズる」タンバリンの動画を投稿しようと決心した。
音楽フェスやライブに参加するなどして生計を立てていたが、名前がなかなか浸透しない。やっぱり地味な楽器だからか? こんなに楽しいのに? タンバリンの魅力を多くの人に知ってもらうためにも、まずは目立つことが必要だと思った。恥ずかしがっている場合じゃない。「悪魔に魂を売ったつもりでやるしかない」
「本気」という意味の若者言葉にひっかけて、「ガチタンバリン奏者」を名乗った。金髪に口ひげをたくわえたビジュアルで、ハードロックのドラマーばりに頭を振りながらアニメのテーマ曲やゲーム音楽に合わせて演奏した。
それだけじゃない。ウイスキーの瓶からパイプイス、風呂場のお湯、自動車まで。良い音が出そうなものはたたきまくった。そういえば、荒れ狂う海に向かって岩場でたたいたこともあったな。あれは転げ落ちそうで怖かった……。
そんな動画を大量に投稿すると、再生回数は右肩上がりに増えていき、業界関係者の目にも留まった。映画やドラマで流れる「劇中音楽」の仕事が舞い込むようになった。
「弟子」との出会い
ユーチューブの動画投稿に力を入れ始めて2年ほどたった2022年5月のことだ。東京・渋谷の代々木公園を歩いていたプロタンバリン奏者の大石さんは、一人でタンバリンをたたいている少年を見かけた。
「もしかして……」。思わず声をかけた。
自分の動画をきっかけに3か月前にタンバリンを始めたという。人見知りをするおとなしい中学生だった。普段、公園などで一人、練習しているらしい。
タンバリンは簡単なようで難しい。おまけにバンドのメインになりにくい地味な存在だ。「本気になっているのは自分くらいでは」。そう思ってきただけに、こみ上げるものがあった。ドラマーになる夢に破れ、ふと手にしたタンバリンを夢中でたたいた頃の自分とも重なった。
連絡先を交換し、スタジオに呼んで直接手ほどきした。独自のリズム感を持ち、なかなか筋がよく、指導に熱がこもった。
「師弟関係」はその後も続き、ライブなどで共演するように。この春大学生になった少年は、本気で奏者を目指している。
SNS経由で海外からも指導の依頼が舞い込むようになり、タンバリンの人気が着実に広がっているようだ。そう感じるほど背筋が伸びる。「良い手本にならなければ」
活躍の場は海外にも
多彩な音色は人との出会いも彩ってくれる。タンバリン奏者の大石さんは知らない土地に赴き、初対面の人たちとセッション(合奏)するのが何よりの楽しみだ。
本格的に演奏を始めて少したった頃。夜、都内の駅前で若者の弾き語りのバンドを見つけた。「1曲交ぜてくれない!?」。リズムも馬も合い、気づけば朝まで演奏した。「色んな音色を奏でられるから、どんな楽器とも相性がいい」。タンバリンの魅力をしみじみ感じた。
名前が売れてきた近年は、海外のイベントに呼ばれて演奏する機会も増えた。現地でタンバリン奏者同士が会うと必ず行われるのが、「エールの交換」ならぬ「技の交換」。その場で互いに技を披露し合うのだ。
国が違えば、たたき方まで違うから面白い。例えば、アラブ圏では指先を小刻みに動かすが、イタリアでは手のひらや手首まで使って情熱的にたたく。
「検索したら答えが出てくる世の中だけど、タンバリンのたたき方に『正解』はない」。無限の可能性を秘めた相棒を、一生たたき続けるつもりだ。(寺倉岳)
