還暦リスナーは「終わり人間」?丙午生まれのミュージシャンたちを観て振り返った「成功者」と「生存者」の音楽史
1966年、丙午の年に生まれ現在まで日本の音楽シーンを牽引してきたミュージシャンんたちによるライブイベント「ROOTS66 -NEW BEGINNING 60-」が、3月20・22日の2日間にわたり開催された。ウルフルズのトータス松本、THE YELLOW MONKEYの吉井和哉といったモンスターバンドのフロントマンをはじめ、田島貴男やスガシカオ、小泉今日子らが出演し豪華共演となったが、彼/彼女らが歩んできた道は決して平坦なものではなかった。それは会場に足を運んだリスナー側も同じである。丙午生まれのリスナー代表として、音楽評論家のスージー鈴木が振り返る。
前編はこちら:小泉今日子、トータス松本、スガシカオも還暦に⋯「いい事ばかりはありゃしない」丙午生まれのミュージシャンたち
早見優が、自分で動画編集を⋯
確かに「勝利者」とはいえ、順風満帆高値安定であり続けたミュージシャンは思いの外、少ないと言っていい。逆に、比較的安定感を伴っていたミュージシャンでも、市場がガンガン縮小しているのだから、その「安定」には、ものすごいエネルギーとストレスを要したはずだ。
特にコロナ禍は、ミュージシャンにとって決定的な打撃を与えた。「ROOTS66」に出演した早見優の40周年記念CDボックス『Affection ~YU HAYAMI 40th Anniversary Collection~』のリーフレットに掲載された彼女へのインタビュー(インタビューと構成は私)より引用。
――コロナ禍で、コンサートとか舞台とか、この3年間すべてが止まっちゃってて。心折れちゃって、就職活動したいなって思ったくらいですよ、スターバックスとか雇ってくれないかなって(笑)。(中略)YouTube始めちゃって、自分で照明の設置やって、マイクチェック「あ、あ、あ」ってして、カメラに向かって何か話して「はは! 」って笑っても誰もいないし(笑)。あとPremiere Pro(註:Adobe社の動画編集ソフト)で私、編集もしちゃったりなんかして。でも、6時間くらい時間かけて、でも出来上がったのは、たった3分30秒(爆笑)。
明るい口調だったが、我々丙午世代にとって、あれほど眩しかった(かつ今も眩しい)アイドルの早見優が、ここまでするのか、しなければならなかったのかと驚いたのも事実だ。
「いい事ばかりはありゃしない」から「酸いも甘いも噛み分けた」。だからこそ、1998年からの激動の中を、勝ち残った丙午ミュージシャンには、激動に耐え抜いた腕っぷしと足腰の強さがあるのだと思う。
失われた30年の「勝利者」と「生存者」
そして丙午リスナーも、「失われた30年」の中、先の見えない仕事に追われ、またその重圧の中での家事や育児に追われ、音楽から遠く離れた人が多かったと思う。
私なども、特に会社員として激務に追われていた00年代は、80年代や90年代、さらにはここ10年ぐらいに比べて、音楽の記憶が決定的に薄い。言い訳するわけではないが「失われた30年」の中で働くということは、そういうことだったのだ。
丙午ミュージシャンも大変だったろうが、丙午リスナーも「いい事ばかりはありゃしな」かった。よく音楽を捨てなかったものだと思う。「ROOTS66」の会場に集まった丙午リスナーは、そんな荒波の中でも音楽を捨てなかった「生存者」だった。
そう、「ROOTS66」は、丙午の「勝利者」と「生存者」が、音楽を分かち合った祭典だったのである。
そして2026年、丙午ミュージシャンと丙午リスナーが、揃って還暦となる。
「ROOTS66」の舞台で躍動したミュージシャンたちは、一様に若々しかった。しかし野暮なことをいえば、曲のエンディングで「♪ジャカジャカジャカジャカ……ジャン!」とバンドと一緒にエンディングを決めるときの、ボーカリストのジャンプの高さがかなり低くなっていた……。
さらに野暮なことをいえば、20〜30代の頃の爆発的なボーカルに聴き慣れていた面々でもあり、現在のボーカルにまったく衰えを感じなかったと言えば嘘になる。
丙午リスナーはどうか。相変わらず音楽を愛し続けているものの、仕事の方は今、一大転機を迎えている。会社員だったら、さっさと定年退職するのか、定年延長をするのか。定年退職しても、かつてのように悠々自適というわけにはいかない。不景気の中、どんな仕事を探すのか、何をするのか。
『ばけばけ』の「終わり人間」は身につまされた
ひるがえって、私などは、会社を早期退職したフリーランスだが、「物書きは60を超えると仕事が減るぞ」みたいな噂もあって、戦々恐々としている。そりゃそうだ。使う側の身になったら、同じクオリティなら、面倒くさそうなシニアよりも、はつらつとしたヤングを使う方がいいものな。
そういえば、このたび大団円を迎えたNHK朝ドラ『ばけばけ』の3月17日放送回(第117回)は身につまされた。
小泉八雲をモデルとしたレフカダ・ヘブンが、教鞭をとっていた東京帝国大学をクビになる。ヘブンは片言の日本語で義父にこう告げる。
「帝大、クビ。私、古い、言われました。私から、学ぶ、もう必要ない--オワリニンゲン(終わり人間)」。
そう「終わり人間」--。
還暦にもなれば、仕事も身体も人生も「終わり人間」に近付いていることを素直に実感するべきだと思う。少なくとも「人生100年時代」なんて戯言に乗せられて「終わり」を忘れる、忘れようとしている同世代には、あまり賢明ではないと思ってしまう。
ただ1つだけ、追い風(と思い込めるものが)があるとすれば、それは、この超・高齢化社会である。
総務省統計局「人口推計」によれば、2023年段階の平均年齢(推計)は48.4歳。驚くなかれ、今の還暦は日本の平均年齢のたった約10歳上なだけなのだ。だから昔に比べて、私たち丙午の「相対年齢」はかなり若い。
そして、年上ミュージシャンも元気だ。
元春も、ジュリーも、拓郎もまだ元気
東京ガーデンシアターで「ROOTS66」の翌日、ライブを開催したのは、丙午の10歳上、1956年生まれ。3月13日に70歳となった佐野元春だった。ライブ開始早々の3曲目で「つまらない大人になりたくない!」と絶叫したのを私は確かに聴いた。
逆に「ROOTS66」の前日、EX THEATER ROPPONGIで、沢田研二の出演するロック音楽劇『ガウディ×ガウディ』を観た。爆発的な声量で歌い、吠えまくった沢田研二は、丙午よりも18歳上の1948年生まれ。劇中キーとなったセリフは--「明日はもっといいものを作ろう」。
そして丙午の20歳上は、1946年生まれの吉田拓郎、彼が80歳となる来たる4月には、名古屋と大阪で、久々のライブ「春だったね 2026」を開催--。56年前に「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」と歌って、当時の若者の歓声を浴びた男が、今また、船を動かそうとしている--。
と、こうなってくると感覚が少々麻痺してくる。「丙午つっても、まだまだ若造じゃないか」と思ってしまうではないか。
とはいえ、ジャンプの高さがかなり低くなっているのだ。「終わり人間」に近付いていることを、しっかりと自覚しながら無理をせず、それでも同級生・丙午ミュージシャンには、細く長く、そして楽しい音楽活動を続けてほしいと思う。
では、人生一大転機を迎えている丙午リスナーは、これからどうしようか。字数が尽きたな。「ROOTS66」オープニングメドレーの9曲目に歌われたスガシカオが歌った『Progress』の一節を送りたい。
--♪ずっと探していた 理想の自分って もうちょっとカッコよかったけれど ぼくが歩いてきた 日々と道のりを ほんとは“ジブン”っていうらしい
--♪誰も知らない世界へ向かっていく勇気を “ミライ”っていうらしい
いろいろあるけどもうちょっと踏ん張ってみますかね。「終わり人間」になる前に。
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