イギリス王室は「国民に開かれた王室」を目指し、広報活動に力を入れている。なぜ日本の皇室はそうした活動が乏しいのか。『いいね!ボタンを押す前に』(亜紀書房)より、関東学院大学の君塚直隆教授とエッセイストの小島慶子さんの対談を紹介する――。
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■日本の皇族たちは責務を果たしているのか

【小島】日本の皇室も国民に寄り添う「開かれた皇室」を目指してきましたが、イギリスの王室に比べると、まだ閉じた印象ですね。

【君塚】率直に言うと、日本の皇室は、イギリス王室のような責務については何もやっていないに等しい。それほど単純な話ではないですが、数字だけ見ても違いは歴然です。

イギリス王室は18人くらいで毎日公務にあたっています。その18人で3000もの団体を担っている。これに対して、日本の場合は15人くらいの皇族がいますが、その15人で、全部合わせていくつの団体の総裁とか会長――イギリスでいうパトロンです――をやっているかというと、90くらいです。まったく桁が違うわけです。

しかも、公務の担い手がとても偏っている。ようやく若い女性の皇族たちも担うようになってきましたが、それでもほとんどやっていないんです。1週間のスケジュールが空き空きなんですね。

それから、SNSでも彼ら、彼女たちの活動は全然広報されていませんよね。だから国民は、皇族は、何やってんだ、と思う。皇族って何なんだろうと。そして実際に調べると、何もやっていない。それなのに税金を払わなくてもいいなど、「特権」があります。だから、不満を持つ人たちがたくさん出る。

■皇室を去った眞子さんの関係団体はわずか2つ

【小島】それはつまり、宮内庁のメディア戦略の失敗ということでしょうか?

【君塚】宮内庁の仕事ぶりは率直に言ってひどいものです。そもそも皇族に責務を負わせてない。私も何人か皇族の方を知っていますが、本人たちは仕事をしたがっています。例えば眞子さんが皇室を辞めるとき、わずか二つの団体にしか関わっていなかった。日本テニス協会と日本工芸会ですね。それに比べて子育て中でもキャサリンさんは、引き受ける団体の数が30から40と、どんどん増えています。

くわえて、宮内庁は皇室を統括していません。つまり、各宮家が独立してしまっていて、横の連携がまったく取れていない。例えばある宮様がもし風邪をひいたら、あるいはコロナに感染してしまったら、その公務はもうなしになってしまう。こういう場合、イギリス王室では、代わりを立てます。実際、アン王女が風邪をひいたとき、弟のアンドリュー王子が彼女の公務を代行しました。そういうのが当たり前なんです。

■「一種の島流し先」でやる気は握りつぶされる

【君塚】日本ではどうしてそのようにならないのか。戦後、とくに1990年代から、宮内庁の事実上の位置づけは三流官庁です。宮内庁では1996年から国家公務員試験一種のかたを採用していません。いわゆる「キャリア」を採らず、「ノンキャリア」の人たちばかりです。

その人たち自身はやる気があるんですが、上層部はみんな外務省、警察庁、総務省、厚労省といった省庁の人間がやってきます。彼らは4、5年で配置転換される。こうした人たちからすれば、宮内庁とはいわば一種の島流し先です。そうなると官僚の一番悪い癖で、失敗を恐れて、何もしないで過ごします。下から「こうやったらどうですか」と提案されても全部握り潰してしまう。こんなことが25年ずっと続いてしまっている。

眞子さん事件にしても、皇室が眞子さんがどういう仕事をしているか、SNS等で日頃からきちんと発信していたらずいぶん違う結果になったはずです。もちろんそのためには、実際に公務を増やし、これだけのことをやっている、と国民に実感してもらわなければなりませんが。私たちのために、日本のため、さらには世界のためにこれほどの仕事をしてくれている、国民からそんなふうに思われていたとしたら、状況は大きく変わってきますよね。

■日々、国民に公務内容を届けるイギリス王室

【小島】イギリス王室はInstagramなどの運用が上手ですよね。私もフォローしていますが、かなり頻繁に更新されています。

イギリス王室のInstagramアカウント「theroyalfamily」。フォロワー数は約1300万人で、1日に複数回投稿されることも。

【君塚】それが大事なんです。それこそがダイアナ事件からの教訓です。いま一番人気があるのはキャサリンーウィリアムですが、彼女たちのインスタも、世界で1400万人以上のフォロワーがいます。

【小島】私もよく見ています。

【君塚】毎日どんどん更新していますよね。ファッション情報もありますが、今日はこういう施設に行った、という公務の報告が上がっています。とくにキャサリンさんは、最近では幼児教育、幼児に対する精神的なケアに関して積極的に活動しています。それからアン王女も、彼女がSave the Childrenのパトロンになったのは20歳のときですから、半世紀以上にわたって活動を続けています。

こういう情報が毎日アップされていくと、そういう組織があるんだ、そういう病気があるんだ、と国民が知るわけですね。とくに若い世代は誰もがインスタを見るので大変な影響を与えるし、やっぱり見る目が変わりますよね。

■ヨーロッパの各王室もSNSでファン獲得へ

【小島】スタッフも入っているでしょうが、子どもたちの誕生日などには、キャサリン妃自身が撮った子どもたちの写真を上げたりしています。そうやって、ロイヤルメンバーを身近に感じさせる作りになっているのも巧みですよね。同じような形での運用を日本でやろうとすると、スタッフをどうするか、どういう見せ方をするか、果たしてうまくできるんだろうかという気はします。かなり難易度が高いですよね。

【君塚】私はむずかしくないと思うんですよ。技術がこれだけ発達していますし、当然やったほうがいい。ヨーロッパの他の国の王室では、すべてイギリス王室をモデルにし、YouTube、Twitter、Instagram、みんなやり始めました。それで国民に自分たちが何をやっているかをしっかりとアピールし、どんどんファンも獲得しています。

【小島】自分で情報を出せるっていうのは強みですよね、メディアに勝手に書かれるだけじゃなくて。

■イギリス王室が自分たちで稼ぎ始めたきっかけ

【君塚】そうです。それに対して宮内庁はといえばあまりに無策なわけですが、彼らの常套句は二つあります。一つは「先例がない」。もう一つは「金がない」です。でもそれは自分たち自身で作らなくてはいけない。お金だってそうです。日本の皇室は金儲けがあまりに下手なんですね。

イギリスを筆頭にヨーロッパの王室はみんな自分たちで稼いでいます。例えば、1992年にウィンザー城が焼けてしまったとき。王室としては修繕費用を税金から支出してほしかったんですが、出ませんでした。王室のスキャンダルが一番ひどい時期だったからです。

そこで、イギリス王室はバッキンガム宮殿を一般公開しました。それから毎年、今年は宮中晩餐会、今年はロイヤル・ウエディングといった具合に、テーマを変えて展示もおこなっています。それに合わせてオールカラーの冊子を作ったり、絵葉書その他の収益で、だいたいいままで10億円くらい稼いでいます。

【小島】ちょっと余談ですが、コロナ禍で海外からの観光客が減って、観光地の古刹は参拝客が激減しましたよね。奈良の法隆寺も修繕費を捻出するためにクラウドファウンディングをやったりしているじゃないですか。京都の仁和寺では護摩行をインスタライブで公開して、投げ銭システムを導入したりしてて、フォロワーに対するスタッフのリアクションも手慣れています。

■皇室も自ら稼ぎ、アピールしたほうがいい

【小島】SNSの写真もとてもきれいなんです。富裕層向けに境内に日本建築の宿泊施設を作って、仁和寺を貸切にできる一泊100万円のプランを作ってみたり、境内でのアート展なんかをやってて、なかなかおしゃれなんですよね。伊勢神宮や高野山など、いろんな寺社が積極的にInstagram発信をしていて、結構見応えがあるんですよ。

小島 慶子他『いいね!ボタンを押す前に』(亜紀書房)

コロナ禍を経験して、参拝客だのみではない新たなビジネスを模索しているのでしょうが、結果としてデジタル媒体での発信や、他業種とのコラボなどでイメージが刷新されてファンが増えることもあると思います。

【君塚】まさに皇室にもそういうことが必要なんです。バッキンガム宮殿の公開と収益化がうまくいったので、ウィンザー城も同じことをやるようになりました。スウェーデン、ノルウェー、デンマークの王室もそれに続いています。夏に、自分たちが避暑に行っている間、一般公開して収益を上げ、それを例えば修復費用やSNSでの広報活動に充てています。

皇居だって同じことができるはずです、皇族たち自身は滅多に使わないんですから。例えば皇居にある国宝がたくさん納められている三の丸尚蔵館、いまは無料で公開されていますが、ここもお金を取ればいい。文字通り宝の持ち腐れですよ。

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君塚 直隆(きみづか・なおたか)
関東学院大学国際文化学部教授
1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』『悪党たちの大英帝国』(新潮選書、前者は2018年サントリー学芸賞受賞)、『エリザベス女王』(中公新書)、『王室外交物語』(光文社新書)、『イギリスの歴史』(河出書房新社)、『貴族とは何か』(新潮選書)他多数。
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小島 慶子(こじま・けいこ)
タレント、エッセイスト
学習院大学法学部政治学科卒業後、95〜10年TBS勤務。99年第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞受賞。独立後は各メディア出演、講演、執筆活動を幅広く行う。ジェンダーや発達障害に関する著述や講演をはじめ、DE&Iをテーマにした発信を積極的に行なっている。2014年より家族はオーストラリア、自身は日本で暮らす。連載、著書多数。近著に対談集『おっさん社会が生きづらい』(PHP新書)。
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(関東学院大学国際文化学部教授 君塚 直隆、タレント、エッセイスト 小島 慶子)