「完全にマリノスに裏切られたと…」城彰二が失意のバジャドリー退団の真相を告白!「ふざけんなって感じだった」
1999年1月に横浜F・マリノスからラ・リーガのバジャドリーにレンタル移籍をした城氏は、半年間レギュラーとしてプレーし、15試合に出場して2得点。まずまずの評価を受けていたが、完全移籍はならず、横浜に復帰していた。
当時、故障が原因で完全移籍が破談になったとも報じられたが、「マリノスふざけんなって感じだった」と切り出した城氏は、バジャドリー残留で話が進んでいたことを明かした。
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日本に帰ってきた城氏は、家がないために千葉のホテルで生活し、スペインでの2シーズン目に向けて、トレーナーをつけて自主トレをしていたという。
「スペインでとにかくパワーをつけなきゃダメだと感じたので、上半身も下半身も強化するため、重たい筋肉につけるトレーニングをしていた。体重も4キロぐらい増えた」
だが、3週間経っても、マリノスから完全移籍が決まったという知らせが入らず、「おかしいと思って連絡したら、『交渉で時間がかかっている。待ってくれ』と言われて。1か月経ってまた確認したら、『実は交渉が決裂した』と言われた」という。
「後々聞くと、バジャドリーが金額(オファー額)を下げてきた。怪我もあったし。ただ、マリノスもジェフから俺を獲った時に金額(移籍金)がかかっているから、交渉がうまくいかなかったみたい」
いまでは納得できるが、当時24歳のストライカーには受け入れがたい事実だったようだ。「は?と思い、信じられなかった」と語っている。
「俺はスペインに戻るつもりだったし、スペイン仕様の身体にしちゃってる。心も置いてきちゃってるから、戻らないという現状を受け入れられなかった」
城氏は、さらに「Jリーグは瞬発力が必要なのに、身体を重くしてしまって完全に歯車が狂った」と話し、こう続けている。
「精神的な問題もあった。完全にマリノスに裏切られたと思った。マリノスは交渉しての結果だから、いま考えると当たり前なんだけど、あの当時は『信じられない。マリノスふざけんなよ』ってなっちゃって、マリノスに不信感を持っていたし、ポッカリ穴が開いちゃった」
「帰ってきて試合に出て、2点取って勝って、『Jリーグなら問題なく取れるよ』と言って、スペインでやりたいみたことを訴えた」と振り返り、口では強気な発言をしながらも、心の中では不安を感じていたとも、明かしている。
「2点取れたけど、身体は本当にやばかった。全然動きも違うし。いままでのJリーグの感覚で届くボールが届かなかった。案の定、それからめっきり点が取れなかった。当時の(オズワルド)アルディレス監督にも、とにかく体重を落とせ落とせって言われたけど、1か月かけて作り上げてきてものだから、簡単には落ちない。全てがバラバラだった」
「当時はマリノスにいたくないと思っちゃって。テンションも上がらないし、動けないし。プツッて糸が切れちゃって…」とモチベ―ションが欠如していたことを告白した城氏。Jリーグ復帰後にゴール数が激減したのは、こうした経緯があったようだ。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
