芸能人・著名人で溢れる港区の宴。そこにはびこる、知人自慢する男と“宴の参加費”で稼ぐ女
港区であれば東京の頂点であるという発想は、正しいようで正しくはない。
人口約25万人が生息するこの狭い街の中にも、愕然たる格差が存在する。
港区外の東京都民から見ると一見理解できない世界が、そこでは繰り広げられる。
これはそんな“港区内格差”を、凛子という32歳・港区歴10年の女性の視点から光を当て、その暗部をも浮き立たせる物語である。
港区内で頂点を極めた者に与えられるキングとクイーンの称号。クイーンとなり、港区女子を卒業した凛子は、芝在住のバーキンを持つ女に違和感を覚え、芝浦アイランドは港区内遠征と切り捨てるのだった。

「今日の飲み会、“あの”メンバーのひとりが来るらしいよ。」
凛子が、ザ・リッツ・カールトン東京の1階にある『カフェ&デリ』で、カプチーノを飲みながら美奈子を待っていると、隣からそんな会話が聞こえてきた。
ちらりと横目で盗み見すると、大きめのだて眼鏡とハットで化粧っ気のない素顔を隠しながらも、独特のオーラを放つ二人組の女性が座っている。
「嬉しい!私、そのグループ大好きなんだけど。どのメンバーが来るのかな?」
「メインだといいよね。でもさ、今日市原さんも来るみたいだよ。」
二人を観察していると突然“市原”という名前が出てきて、思わずドキリと胸が高鳴る。
あれ以来、市原には会っていないが、彼が港区の中でも異様な雰囲気を醸し出していることだけは間違いない。
「凛子、お待たせ!」
もう少し会話を聞きたかったが、ちょうど美奈子がやって来た。
デニムに白Tシャツ、腕には大きめのエルメスのバングルというシンプルな装いながらも、非常にセンス良くまとまっている。
「ううん、全然。それより、後ろの2人の会話が面白くて。」
「え、私も聞きたい!すみません、アイスラテひとつ。」
注文しながらも、凛子と美奈子の耳は全て彼女たちの会話に向けられる。
「最近“ギャラ飲み”ばかりだけど、芸能人来るならタクシー代とかなくてもいいよね。」
“ギャラ飲み”という聞きなれない言葉に、思わず美奈子と顔を見合わせて笑ってしまった。
門外不出!港区内で毎晩繰り広げられる宴の実態とは?!
犬も歩けば芸能人に当たる港区
女の子たちの会話を聞いた3日後、市原から連絡が入った。
-凛子さん、こんにちは。今週の木曜日、20時半から皆で『富麗華』で食事するのですが、ご都合如何でしょうか?もちろん、お友達とご一緒でも構いません。
また、妙に律儀で他人行儀な市原からのLINEを見ながら、誘いが来て少し喜んでいる自分に気がつき、思わず頭をふる。
-私には、優しくて素敵な雅樹という婚約者がいる。
そう心で呪文のように唱えながら、返信を打つ。
-お誘い、ありがとうございます。美奈子と一緒に出席させて頂きます。

そして迎えた木曜日。
『富麗華』の個室に入った途端、港区らしい宴だったことにすぐ気がついた。
大きなテーブル席には、某男性グループの人気No.1とされる、爽やかで綺麗な顔立ちの男性に、同じグループのもうひとりの男性。
そしてその隣には、少し前に人気だと騒がれ、モデルからタレントに移行した女の子がいた。
凛子は、普段滅多にテレビを見ない。そのため、芸能人をあまり知らない。それでも分かるのだから、有名であるに違いない。
「凛子さん、よければ私の隣に。」
市原がにこやかに手を振っている。
基本的に、市原は自分の交友関係を一切ひけらかさない。本当に凄い人に限って、自分の交友関係を自慢などしないものだ。
その一方で、小物に限って“○○さんと知り合いで”“私、○○さんと仲良いの(←実際には一度一緒に飲んだだけ)”と妙な知人自慢をしてくる。
港区で多少遊んでいれば、少なからず著名人や有名人に遭遇する。しかし凛子はそこに何の特別感を抱いたこともなかった。
「こちら、清水さんと...」
市原に紹介されて初めて、その場にもうひとりいることに気がつく。
少し背が低くて浅黒い肌、爽やかな笑顔ながらも、不気味なくらいに歯が真っ白に輝いている清水という男。
「凛子さん、ですね。噂は聞いておりました。確か、佐藤さんと仲が良いんですよね?あと、俳優のシュン知ってますよね?僕、友達なんですけど...」
あぁ、始まった。この手の人に限って、初対面なのに知り合いの芸能人自慢をしてくる。
きっと次は、“アイツ、今映画の撮影中で”などと言うのだろう。
「今日もね〜シュンを呼ぼうと思ったんですけど、明日早朝から撮影らしく、来れないみたいで。」
清水という男に、その俳優を呼べる力がないことくらい知っている。
ーだって、私の方がそのシュンとは仲が良いから。
なんなら、さっきシュンから“凛子さん、久しぶりに会いたいよ♡”なんてLINEが来ていたくらいだ。
「そうですか。清水さん、歯がすごく白いですね。」
決して褒めたつもりはないが、清水は満足げな笑みを浮かべながら席に着いた。
港区の宴は様々な嘘と見栄、そして秘密で溢れている。
だから、やめられない。
同席している女子は、まさかの時間制?!港区七不思議に迫る
近年の港区事情・タクシー代から飲み代制へ
一通り挨拶が終わったところで、場も少し和んできた。
若い男性2人は、もうすぐツアーが始まるとか、最近の仕事内容のことを、とても丁寧に話してくれた。
それを、清水は熱心に聞いている。きっと他の場で、彼らと一緒に食事したことを自慢するのだろう。
また、モデルの女性は現在タレント活動に勤しんでおり、イメージの脱却を図りたい、と何故か市原に相談していた。
「相変わらず、港区って面白い街ね。」
美奈子と小声で話していると、北京ダックが運ばれてきた。
この『富麗華』の北京ダックはパリッとした皮と、もっちりとした包餅のコンビネーションが最強である。見ただけで生唾を飲み込むほどだ。

「あぁ、久しぶりに食べたけどやっぱり美味しいわ!」
そんな感嘆の声を上げていると、突然その若い女性がいそいそと席を立ち始めた。
「あれ、お召し上がりにならないんですか?」
「あ、私もう時間なので。」
状況がよく掴めず、ぽかんとしていると、市原がそっと小声で呟いた。
「清水さんが、自分の体裁のために彼女をこの席に呼んだみたいで...彼女、こうやって夜な夜な誰かとお食事に行くことで生活している子なんですよ。この界隈じゃ有名なんですけどね。」
説明されても未だ状況がうまく飲み込めないことを察したのか、市原が更に説明を付け加えてくれた。
「最近、純粋にみんなで楽しく食事に行こうと思える子が少ないんですよ。」
状況を整理すると、彼女たちは毎晩このような場に顔を出し、人脈作りに勤しんでいるらしい。
そしてその一方でタクシー代ではなく、“参加費”を貰うそうだ。
「そんなことって...何だか、情けないわね」
支払う男性に対して呆れてしまう。
しかしその一方で、いくら生活のためとは言え、そんな事でいいのかしら、と女性に対してもつい余計な心配をもする。
「凛子さんの時代も、タクシー代があったでしょ?それが少し変化しただけですよ。」
いつの間にか女性を送り、個室に戻って来た清水の声が背後からし、嫌悪感を覚える。
「ギャラ飲み、ねぇ...」
美奈子が小さく呟いた。
全くそういう類に興味のない市原、我関せずの凛子と飽きれ顔の美奈子。この3人で肩を並べながら、運ばれて来たフカヒレのスープをすするのだった。
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