みんなを笑顔に!よしもと芸人・宮川たま子インタビュー〜後編〜
大阪は広いけれど関西ローカルなので、全国でやっていくのはやっぱり東京なんです。大助・花子師匠に付いている時に東京行きを決めたら、謹慎という事で1年間沖縄に強制送還されましたが(笑)、意思が変わらなかったので行かせてもらいました。
自分の人生は他人に決められない、と貫いたんです。東京は大阪と仕事の進め方が違いますが、新しいスタートという気持ちでバイトを探してオーディションを受けました。自分で応募した『銭形金太郎』で優勝して、滞納していた5カ月分の家賃を払ったこともありました。マネージャーが仕事を紹介してくれますが、自分で応募することも続けます。
苦労と思わず、楽しんでやっています。傷つくこともたくさんありますが、それをバネにしています。農業も楽しみましたし(笑)、大阪にいたら絶対にありえない事が東京でつながりました。最近もオーディションは受けていますし、若手のお笑いライヴや沖縄関連イベントがあったら出るようにしています。
沖縄出身芸人とよく集まっていて、ガレッジセール兄さんもよくご飯に連れて行ってくれたり優しくしてもらっています。沖縄色の笑いを全国に広げ、時代を変えたすごいお2人です。
――最後に、心がけていることや目標を教えてください。
一応芸人としてやっていますが、活動をもっと磨かなければいけません。沖縄国際映画祭のことも続けますし、できることは全部やっていいと思います。でもがんばっている芸人が売れるのなら、全員売れることになりますよね。
がんばる以外に、自分の人生の中でつかむべきチャンスが来たら、それをつかめる人にならないといけないんじゃないかなって思っています。上から目線ですが(笑)、逃している人の方が多いような気がするんですよ。一瞬も逃さないように気を付けたいと思います。
笑わせてみんなを元気にさせる、夢を持って明日前進できると思わせる芸人になりたい。沖縄には“喜劇の女王”と呼ばれる仲田幸子さんを始め、平良とみさんや吉田妙子さんといった、個性的で笑いを作る女優さんがいます。そういう雰囲気の沖縄のオバーになるのが私の一番の目標です。気が済むまで東京で生活したら、沖縄に帰ってもいいなと思える時期がいつか来るはずです。(沖縄国際映画祭公式サイト http://www.oimf.jp/)
※大崎洋社長の「崎」のつくりは、正しくは「大」ではなく「立」です。(取材・文責:饒波貴子)
