タイで“セレブ妻”の仲間入りと思ったら…「クルマも住まいも見劣りして惨めな思い」 日本人コミュで孤立した駐妻の現実
海外駐在員とひと口に言っても、その実態は一様ではない。駐在妻と聞いて一般的にイメージするのは、大手企業の幹部候補として華々しく赴任する、いわゆるエリート層のセレブな暮らしではないだろうか。
しかし、中には技術指導や現場監督として派遣される“庶民派”駐在員であるケースも多いという。日本ではそれほど意識せずに済んだ待遇や生活水準の差が、狭い日本人コミュニティ内では、明確な格差となって浮き彫りになって、トラブルのもとになることがあるという。
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憧れの海外生活に浮かれたのも束の間…
首都圏在住の直美さん(38歳、仮名、以下同)が、夫の淳平さん(40歳)の海外転勤に伴い、タイへ帯同したのは約4年前のことだ。

「夫は大手製造業の工場勤務だったので、海外赴任の辞令が出たときは寝耳に水で、本当に驚きました」(直美さん、以下同)
直美さん一家は、小学生の娘を抱える3人家族で、自身は自宅の近くでパートをしながら家計を支えてきた。
「向こうに行ったら働かなくていいし、夫の会社のお金で、海外で生活できるなんてラッキー!っていうのが正直な気持ちでした。たとえ数年でも、子どもにも国際感覚が養われそうですし。私もセレブ妻の仲間入り!? なんてキラキラした幻想で、少し浮かれていましたね(笑)」
直美さんは苦笑しながら当時をそう振り返る。
「もちろん現地では、住まいも車も、会社が用意してくれました。最初は私も、こんなに手厚い待遇を受けちゃっていいの? なんて喜んでいたんですが……」
風向きが変わったのは、現地での日本人コミュニティとの交流が始まってからだった。
「親しくなるにつれて直面したのが、住居や社用車、手当の額といった目に見える格差でした。会社からあてがわれる車のランクは違うし、住宅補助の額が違うので住んでいる家の規模や設備も違う。さらに、連休のたびに海外旅行へ行く友人家族を横目に、家でじっとしているしかない自分たち。その生活水準の差が、惨めな気持ちに拍車をかけましたね」
しかも夫婦ともに、日常的な英語はおろか現地のタイ語もほとんど分からない状態。夫は工場の特殊な製造技術職のため日本とのやりとりが中心。そのため会社内では大きな不便もなく過ごしていたが、外食や買い物などの日常のささいなやりとりには言葉の壁が立ちはだかり、外出先でのストレスは日増しに膨らんでいった。
「こうした生活水準の差は、思うようにならない現実への焦りやコンプレックスを抱える方にとって、強い『やっかみ』の種になりやすいのです」
と、心理カウンセラーの前川さんは指摘する。
SNSに書き込まれた、事実無根の内容
前川さんの相談者の中にも、身に覚えのない悪意に晒された女性がいるという。
「ある時、SNS上にその方の家族に関する、悪意ある書き込みがされたそうです。のちに発覚した“投稿者”は同じ駐在生活を送る駐妻仲間。その投稿者自身、言葉の通じない孤独や生活環境の格差に深く苦しんでいたといいます。誰にも言えない不満や羨望が積み重なった結果、矛先が周囲に向いてしまったのだと思います。逃げ場のない狭い社会では、一度生まれた負の感情が、匿名をいいことに、尖った言葉となって放たれてしまうことがあります」(前川さん)
では、もし自分の中に誰かを妬む気持ちが芽生えてしまったら、あるいは、誰かの妬みの対象になってしまったら、どうすればいいのか。前川さんは、こうアドバイスする。
「まずは自分の中に妬む気持ちがあると気付くことが、大きな一歩。実際、妬む人には自分自身の気持ちに気付けていない場合も多いです。もし、誰かを妬む気持ちに気づいたら、そんな自分を責めたり批判したりするのではなく、心身の疲れや『もっと大切にされたい』という自分の心のSOSだと捉えてセルフケアにつなげてください。自分に小さなご褒美をあげたり、家族と大変さを共有して労い合ったりする時間を意識的に持つことが大切です」
妬み、妬まれる負の連鎖から自由になるには
妬まれる側なってしまった方へは次のように言葉を送る。
「『自分に落ち度があったのでは』と自責的になる必要はありません。『こんなことをしないとやっていられないくらい、この人も大変なのかもしれない』と相手の言動の裏にある“痛み”を想像してみてください。すると、問題から一歩距離がおけて自分を保ちやすくなります。
その上で、相手と心理的にも物理的にも距離を置き、安心できる人との繋がりを大切にすること。相手がさらに攻撃してくるようなら、直接対応するより第三者に間に入ってもらい、毅然とした対応をすることをお勧めします」
仕事することも許されず、交友関係が極端に狭くなりやすい海外生活では、夫の肩書きや生活レベルが自身のアイデンティティのすべてであるかのように錯覚しがちになる。逃げ場のない小さな世界で、少しでも自分を優位に保とうと必死になるあまり、もともと持っていたはずの広い視点や心の余裕を見失ってしまうことも。そんな不自由な暮らしの中で、自分自身の価値が見えなくなり、他人の物差しで自分を測っていたのかもしれない。まずはその心の痛みに気付くことが、自分自身を取り戻すきっかけになる。
前川由未子さん
金城学院大学経営学部 准教授。臨床心理士、公認心理師。産業組織領域を専門に、これまで5,000人以上の支援に携わる。2025年、海外居住者のメンタルヘルスケアを提供する(株)Taznaを設立。
取材・文/荒木睦美
デイリー新潮編集部
