自力で歩けず証拠隠滅もできないのに「被告人」のまま亡くなった…日本の「人質司法」が奪った72歳の命

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約1分の勾留質問で164日間勾留、検事の作文で作られる供述調書、証拠改竄や捏造……。

おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(村木厚子 著)では、冤罪に巻き込まれた著者がみた驚愕の刑事司法の実態が明かされています。

本記事では、〈独居房で過ごした女性が直面した「あまりに厳しいルール」と「過酷な後遺症」…冤罪被害者は人の心が破壊されるのに、ケアの仕組みはない〉に引き続き、大川原化工機事件を例に、日本の「人質司法」の問題について詳しく見ていきます。

(※本記事は村木厚子『おどろきの刑事司法』より抜粋・編集したものです)

裁判官はなぜ保釈請求を却下するのか

法務省のホームページには、日本の刑事司法制度は身柄拘束により自白を強要するものではなく、「人質司法」との批判は当たらない、被疑者・被告人の身柄拘束については人権保障に十分に配慮している、などと書き連ねられています。

しかし、後述する大川原化工機事件や東京五輪汚職事件をはじめとする多くの事件で、「人質司法」の深刻な問題が表面化しているのは、皆さんもご存知の通りです。

問題が表面化した時、検察は、抜本的に適正化を図るということをしてきませんでした。組織防衛を考え、問題に正面から向き合うことはせず、非難を最小限にとどめることだけに注力してきました。これはこうした問題で第三者委員会が設置されないことからも明らかです。

裁判所も、検察官の勾留請求をほとんど認めています。裁判所には、検察に対して「お互いに公を代表している」というシンパシーがあり、「検察官が必要だと言うのだから、勾留を認めて大丈夫だろう」という思い込みで、唯々諾々と勾留請求や勾留延長を許可しているように感じます。仮に、勾留請求を認めたことがのちに過ちだったと判明しても、裁判官が判断ミスの責任を負うことはありません。

一方、保釈を許可した被告人が逃亡や証拠隠滅をした時には、裁判所が世間から批判されますし、保釈を許可した裁判官にとっては自分の成績に「×」がつく可能性もあります。彼らはそれを一番恐れるので、なかなか保釈申請を認めようとしないのです。

検察と裁判所に殺された被告人──大川原化工機事件

大川原化工機事件は、警視庁公安部が捏造した事件です。2020年3月、同社の大川原正明社長、島田順司常務取締役、相嶋静夫技術顧問の3名が、「生物化学兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥機を経済産業大臣の許可を得ずに中国へ輸出した」という容疑で、2回にわたり逮捕、起訴されました。

公安部の警察官は、島田さんの弁解録取書(逮捕直後に被疑者の弁解内容を記録する書面。通称「弁録」)を自分たちの見立てに沿って事前に作成していました。島田さんが修正を求めると、要求どおりに修正したかのように装って都合よく書き換え、署名押印を強要しました。島田さんの抗議を受けて3通目の弁録を作成しましたが、偽計を用いて作成した2通目の弁録はシュレッダーにかけて廃棄し証拠隠滅を図るという、重大な違法行為をしています。

東京地検の検察官は、3名の反論にまともに取り合わず、問題とされた噴霧乾燥機がそもそも輸出規制の要件に該当しないことを漫然と見落として起訴を強行したあげく、その後の捜査で立証が困難と判明すると、初公判直前になって突然、詳しい理由の説明もなく起訴を取り消し、裁判所が公訴棄却を決定しました。

実にひどい事件ですが、何より糾弾されるべきなのは、「人質司法」によって相嶋静夫さんの命が奪われたことです。

弁護人は3名の保釈請求を繰り返し行いましたが、そのたびに検察官が強硬に反対し、東京地裁も却下を続けました。そうしたなか、相嶋さんは身体のふらつきを訴えるようになり、2020年9月半ばと下旬に、東京拘置所内で輸血処置などを受けました。弁護人は緊急治療の必要性を理由に保釈請求をしましたが、却下。10月上旬には、拘置所の医師が胃に悪性腫瘍があることを確認しましたが、それでも却下。弁護人がやむなく勾留執行停止を申請したところ、裁判所が決定したのは、わずか8時間の勾留執行停止でした。

同月16日、家族に付き添われて都内の大学病院を受診した相嶋さんは進行性胃癌と診断されましたが、この大学病院は勾留執行停止状態での入院、手術を受け入れなかったため、昼前には病院を後にしました。相嶋さんが自力で歩くこともできない状態だったため、近くのカラオケ店に入り、ソファーに寝かせて休ませました。午後4時までには東京地検に出頭しなければならず、そこで手錠をかけられる。相嶋さんの長男は、いっそのこと路上で倒れてしまい、救急車で病院に運んでもらうほうが、すぐに治療を受けられるのではないかとまで思ったそうです。

弁護人は改めて保釈請求をしました。それでもなお、検察は「罪証隠滅のおそれがある」として保釈に反対し、裁判所は請求を却下したのです。自力で歩くこともできない人が、どうやって証拠を隠滅するというのでしょう。

2度目の勾留執行停止決定を受け、長男が勤務する横浜市内の病院に入院して手術を受けることになりました。病院側の都合で、東京拘置所から直接入院することができません。しかし、裁判所が勾留執行停止に付けた条件は、静岡県富士宮市の自宅か横浜市内の病院のいずれかに在所することとされたため、たった一晩でも病院近隣の宿泊施設に泊まることは許されません。そのため、11月5日午後に東京から富士宮市の自宅まで移動し、翌日の早朝に自宅を出て横浜市内の病院に入院せざるを得ず、必要以上に体力を消耗してしまいました。ようやく入院できたものの、すでに癌は肝臓に転移しており、抗癌剤治療を受ける体力も残されていませんでした。

翌21年2月7日、相嶋さんは「被告人」のまま72歳で亡くなりました。逮捕から11ヵ月。保釈請求は8回にのぼりましたが、ついに認められませんでした。

相嶋さんは日頃から健康に気を遣い、かかりつけの医院を毎月受診し、2ヵ月に1回は血液検査も受けていたそうですが、勾留のために定期検診を受けられなくなりました。起訴後にすぐ保釈されて検査を受けていれば、もっと早く癌は発見され、適切な治療や手術を受けることができたはずです。

一方、大川原さんと島田さんは、21年2月1日に6回目の保釈請求で、ようやく許可決定を得ました。検察官の不服申し立ては棄却され、相嶋さんが亡くなる2日前に保釈されましたが、保釈条件に会社関係者との接触禁止があったため、相嶋さんの最期に立ち会うことも、葬儀に出席することもできませんでした。

大川原化工機事件では、違法捜査をした警視庁公安部や、起訴事実全体を立証するための基本的捜査を怠った東京地検に批判が集中しましたが、被告人の身柄拘束を安直に認め、その後も1年近く保釈請求を却下し続けた裁判所も、厳しく批判されるべきです。

とりわけ、体調が悪化した相嶋さんの保釈を裁判所がついに認めなかったことは、許しがたい人道問題です。あまりにも被告人の命を軽視しています。

被告人が無罪を主張する事件では、保釈請求のたびに強硬に反対する検察。検察官の反対意見を鵜呑みにし、機械的に請求を却下し続ける裁判所。その結果、被告人を死に追いやっても、検察官も裁判官も処罰されることはありません。日本の刑事司法は、「人権」というものに対して異様なまでに鈍感になっているとしか思えません。

その後、大川原さん、島田さん、相嶋さんのご遺族は、国と東京都に対して損害賠償を求めた国賠訴訟(国家賠償請求訴訟)を提起しました。1審、2審ともに、警視庁公安部による逮捕・取調べ、検察官による勾留請求・公訴提起は違法と認定され、2025年6月、国と東京都は上告を断念して判決が確定しています。

さらに〈誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」〉では、村木氏が逮捕された経緯を詳しくみていきます。

●特に言及のない限り、登場人物の所属・肩書、法律や制度の名称・内容は、すべて当時のものである

【つづきを読む】誠実な公務員だったのに突然の逮捕…村木厚子氏が驚き、怒り、絶望した日本刑事司法の「暗部」