AI気象モデル、異常気象予測の信頼性を向上できれば温暖化時代を乗り越える武器になる
ローカル地域の気象予報が進化しそうなのはいいことですよね。
1970年11月12日、当時の東パキスタン(現在のバングラデシュ)沿岸にボーラ・サイクロンが直撃しました。最大瞬間風速57メートル、10.5メートルに達する高潮によって、推定30万人から50万人の命を奪いました。
ボーラ・サイクロンは、現在も最も多い死者を出した熱帯低気圧として記録に残っています。でも、1970年代に気象学者たちが物理ベースのコンピュータモデルを採用したことで暴風雨の予測精度が劇的に向上したのを考えると、ボーラ・サイクロンの発生があと10年遅ければ、被害はここまで甚大にならなかったかもしれません。
そしていま、AIの台頭によって予測技術は再び進化のときを迎えています。ただ、今回は過去に例がない極端な気象事象の予測において、新しいモデルの信頼性が落ちるのではと懸念する専門家も少なくないようです。
「グレースワン」という落とし穴
研究者らはこれを「グレースワン」問題と呼んでいます。グレースワンと呼ばれる異常気象は、物理的には起こり得るものの、発生頻度が極めてまれなため、学習データセットにほとんど反映されていないんだそうです。
やっかいなのは、気候変動によって前例のない極端な気象事象が増加している点。たとえば、2021年に太平洋岸北西部を襲った熱波は、気候変動なしには事実上起こり得ないほどの激しさでした。
物理ベースの予報モデルは、太平洋岸北西部の熱波のようなグレースワン事象をシミュレーションできます。極めてまれな事象と分類されるものの、物理法則に基づいて構築されているからこそ、それが可能なのです。
一方、AIモデルは過去の気象データを用いて学習させられるので、事実上グレースワン事象は存在しません。学習データにない極端な気象事象は起こらないことになってしまうわけです。
シカゴ大学地球物理科学准教授のPedram Hassanzadeh氏は、米ギズモードの取材に対し、「AIモデルはグレースワン事象に対して機能しません」と回答。
同氏の研究チームは昨年4月、AIモデルの学習データセットからカテゴリー3から5までのすべてのハリケーンを除去し、その後カテゴリー5のハリケーンでテストを実施した研究論文を発表しました。
その結果、AIモデルはこれまで観測されたことのない事象を正確に予測できないことが明らかに。なぜかというと、予測には既存データの範囲を超えた推測が必要だから。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のコンピュータ科学・工学准教授であるRose Yu氏は、米ギズモードへのメールで次のように語ってます。
問題は、たまに起こる予測ミスではありません。AIモデルはこっそり予測を誤り、記録的な気象事象が進行している最中でも、ありふれた天気を自信たっぷりに予測してしまう恐れがあるのです。
さらに同氏は他のリスクについても指摘します。
他にも重要なリスクがあります。AIモデルは、標準的な指標では現われない微妙な形で保存則に反することがあります。予測が外れた場合、その原因を特定するのは困難です。
また、AIモデルは安定した観測システムに依存していますが、衛星プログラムに対する現在の(財政的)圧力を考慮すると、特に深刻です。組織的な観点からすると、もしAIへの依存を急ぎすぎて、物理ベースのインフラを衰退させてしまうと、現在AIの誤りを補完している冗長性を失うことになります。
バックアップ的に機能している物理ベースのインフラへの依存を減らして、ここぞというときにこっそりうそをつくかもしれないAIモデルに大きく依存するのはたしかにヤバそう。
それでもAI予報が支持される理由
こうした落とし穴があるにもかかわらず、気象学者たちは急速にAI予報モデルを採り入れています。理由はとってもシンプル。物理モデルに比べて、より高速で、コストも低く、必要な計算インフラもはるかに少なくすむからです。典型的な気象パターンや気象事象(グレースワン以外)の予測精度は、物理モデルと同程度で、急速に向上しています。
レディング大学(イギリス)の気象学教授で、数学・物理・計算科学部学部長を務めるAndrew Charlton-Perez氏は、米ギズモードに対し、次のように述べています。
最先端の物理モデルの一般的な進歩のペースは、10年ごとに1日ずつ精度が向上する程度でした。たいしたことないように聞こえるかもしれませんが、これは重要な意味を持ちます。
機械学習モデルの精度向上ペースは、それをはるかに上回っています。現在では互角の競争力を持っていますが、2〜3年前までは同じ土俵の上に立つことすらできませんでした。
たとえば、2025年の大西洋ハリケーンシーズンにおいて、Google DeepMindのモデルは、暴風雨の進路や強さに関する予測で、ほぼすべての物理モデルを上回りました。
Yu氏によると、2023年以降、GraphCast、Pangu-Weather、ECMWF(ヨーロッパ中期気象予報センター)のAIFSといった主要なAIモデルは、中期予報の指標で最良の物理モデルに匹敵するか、それ以上の性能を発揮しているそうです。
AIモデルはまた、従来の予報リソースが不足している地域、つまり、気候変動の影響を最も受けやすい地域で特に有用であることが証明されています。
Hassanzadeh氏は、インド全土の3800万人の農家にAIベースのモンスーン予報を提供する取り組みを共同で指揮し、雨期の到来を最長4週間前に通知しました。
Hassanzadeh氏は、「最初の天気予報革命では、多くの国が取り残されました。なぜなら、従来の天気予報には、スーパーコンピュータ、数億ドルの予算、さまざまな分野の専門家と人材が必要だからです」と説明します。
それに比べると、AIモデルは低所得国にとってはるかに手が届きやすいとのこと。これは大きい。
知識の空白を埋めるには
しかし、リスクに目をつぶってAIモデルを急速に導入するのはまだ危険といいます。特に気候変動の影響を強く受けやすい地域ではなおさらです。
オックスフォード大学の博士研究員であるShruti Nath氏は、今年3月に公的機関がAI予報モデルを広く採用する前に、より厳格に検証するよう求める論説を共同執筆しました。
同氏は、米ギズモードへのメールでこう語ります。
こういったモデルの限界を理解すること、そして物理モデルを補完できる領域やその理由を明らかにするうえで、まだやるべきことは山積みです。
Nath氏の論説では、AI予報モデルを検証するための枠組みが提案されています。この枠組みでは、「象徴的な」極端な気象事象(たとえば太平洋岸北西部の熱波など)を学習データセットから意図的に除外します。
除外された事象は、前例のない異常気象、すなわち「グレースワン」事象を予測するモデルの能力を評価するためだけに使用されることになります。
実際にこの「象徴的事象を除外したAI再学習(AIRWIE)」を実施するには、「気象学界は、どのインパクトの大きな事象が厳格なベンチマークを構成するかについて合意する必要があります」と論説には書かれています。
これはけっこうな大仕事になりそうですが、Nath氏はこうしたテストが緊急に必要であるという点でほとんどの研究者の見解が一致していると確信しているとのこと。
それでも、取り組みを進めるには慎重さも必要なようで、Nathは次のように述べています。
ただ、適切な手順が順守され、堅固な安全対策が導入され、コミュニティによって維持されるために、もう少し組織的に取り組む必要があります。現在のように過度な期待が先行し、誰もがこの流れに乗り遅れたくないと考えている状況では、難しい課題になります。
他のHassanzadeh氏のような研究者たちは、AIモデルにグレースワン事象を予測させる方法を開発しています。同氏の研究チームは、AIシステムと「適切なサンプリング」を組み合わせることで、これまで観測されたことがない極端な気象事象のサンプルを生成できるかどうかを調査しています。これによって、前例のない異常気象を予測する能力が向上する可能性があるといいます。
AIによる気象予測の限界を理解し、それに対処するための取り組みは、もう後戻りできない現況において極めて重要です。AIがすでに気象予測のあり方を変えつつあり、気候がますます不安定になるなかで、気象学者たちは手持ちのあらゆるツールを駆使して、予測の精度と信頼性を維持する必要があります。
限界はあるものの、こうしたシステムをさらに進化させて、物理ベースの予測とどのように統合するのが最善なのかを模索することで、多くの成果が得られると思われます。
これからやるべきことについて、Yu氏はこう語ります。
この研究の課題は、AIモデルを物理的に整合性があり、適切に補正され、分布の変化に強くすることです。グレースワン問題を理由にこのアプローチを放棄するのは、この世代で最大の予測精度向上をあきらめることを意味します。
物理モデルとAIモデルのいいとこ取りをしてもらって、より正確で低コストな気象予測を世界の隅々まで届けてもらいたいです。温暖化の影響で、いつどこでどんな気象災害が発生してもおかしくない状況なので。
Source: NOAA (1, 2), AGU, PNAS, シカゴ大学, Nature
Reference: World Weather Attribution

