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業務効率化の名のもとに導入されたSaaSは、本来なら仕事を軽くするための武器のはずだった。ところが現実には、乱立するツールの使い分けや大量の通知、複雑な入力項目、部署ごとにバラバラな運用ルールが“心理的ノイズ”となり、働く人の脳のリソースを奪っている。便利なはずなのに、なぜこんなにも疲れるのか。日本企業で広がる「SaaS疲れ」の正体を追った。
◆日本のあらゆる会社で巻き起こる「SaaS疲れ」

「Teamsで皆が業務連絡を好き勝手に投げるから、内容を把握する以前に、時系列を追うだけで一苦労。メールとの使い分けに毎回迷うし、鳴りやまない通知音にまったく心が休まらない」(47歳・商社)

「取引先に合わせてデジタル化が推進されたが、客ごとに使うツールがバラバラ。モノが替われば一から使い方を学ばなきゃいけないし、手間が増えて本末転倒。DXってなんやねん」(49歳・建築)

このような悲鳴が、日本のあらゆる会社で巻き起こっている。チャットやオンライン会議、果ては面倒な経費精算まで、今や仕事に欠かせないこれらのクラウド型ビジネスツールやアプリを総称して「SaaS(Softwareas a Service)」と呼ぶ。本来は効率化や生産性を向上させるための武器だが、「SaaS疲れ」を嘆く声が噴出しているのはなぜか。背景を企業のDX定着やAI活用を支援するテックタッチの中釜由起子氏が語る。

「問題は日本企業の多くで、現場活用まで見据えてITの全体最適化を統括する責任者がいない点にあります。全体像を描ける“建築士”がいないまま、それぞれの現場が『入れるだけで便利になる魔法の杖』と思って場当たり的にツールを次々と増殖させた結果が、迷宮のような“デジタル九龍城”の誕生です。ツールの数の問題というよりも、設計思想の欠如が招いた必然の結果と言えるかもしれません」

戦略なき増築の末路は、現場をパニックに陥れる。組織構築に詳しいITコンサルタントの久松剛氏が解説する。

「ある現場では8人のマネジャーがプロジェクトごとに個別にSaaSを選定したため、ドキュメント管理ツールだけで4つのライセンスが乱立していました。知見を一つ調べるにも、マネジャーごとの異なる整理作法やアカウントの壁に阻まれる。ツールを行き来するたびに思考が途切れ、集中力が奪われます」

◆1000種類を使いながら「7割ムダ」という企業も

実際、テックタッチの調査では、企業の60%以上が「SaaSを十分に使いこなせていない」と回答している。また、「意図した通りに使ってくれない」「複雑なシステムのわかりにくさ」と、定着不全の実態も浮かび上がった。

そして厄介なのが、その規模が極めて大きいことだ。久松氏によれば「とある上場企業では、棚卸しをした際、1000種類ものSaaSがあり、その7割がムダだった」という。もはや誰も全容を把握できない悲惨な状況である。

さらに日本企業特有の構造的問題も疲れを招く要因になり得る。中釜氏が指摘する。

「SaaSは、いわば“吊るしの製品”なので、ツール側の仕様に業務を合わせることが前提です。しかし、日本企業では長年の慣習や独自の業務フローが根強く、変えることへの抵抗が大きい。部署ごとに業務に精通したIT人材が配置されているわけでなく、導入後の運用や改善も十分に行われない。ツールの設計思想とニーズの間にズレが生じがちで、『使いづらいまま無理やり使い続ける』というひずみが生じやすいです」

しかし、「ありもの」を避けて自社開発に走っても、迷宮から抜け出すのは厳しい。

「自社製システムは思想としては正しくても、機能不足や動かしながら修正することを前提とした使い勝手の悪さが目立つので、結局は『どのツールも決め手に欠ける状態』に陥りがち。しかも進行形で改善に付き合わされるため、さらにSaaS疲れに拍車をかける恐れがある」(久松氏)