「働いても豊かになれない」のになぜ働き続けるのか。日本人が仕事を手放せない“根深い理由”
少子化で労働人口が減っているにもかかわらず賃金は上がらず、移民やAIがその穴を埋めていく。こうした状況の中で、私たちはなぜ働き続けてしまうのか。
生物学者・池田清彦氏が、経済構造と人間の価値観の両面からその理由を考える。
※本記事は、池田清彦氏著『人はなぜ働かなくてもいいのか』(扶桑社新書)をもとに再構成したものです
少子化は日本に限らず、多くの先進国で見られる現象だ。
子どもがまったく死なないと仮定すれば、合計特殊出生率(一生の間に一人の女性が産む子どもの数の平均)が2であれば、理屈の上では人口は増えも減りもしないということになるが、大人になるまで亡くなる子どもの数は0ではないので、一般的には2.1くらいでないと人口は維持できないと言われている。
東アジアの国々の2025年の合計特殊出生率を見てみると日本は1.15、韓国は0.80、台湾も0.87、中国は0.98なので、2.1にははるかに及ばない。
アメリカは1.62なので、東アジアの国に比べたら高いけれど、それでも人口を維持できる水準には達していない。
女性があまり子どもを産まなくなったのは、教育水準が上がって社会進出が進み、子育てだけに人生のすべての時間を費やすのはバカバカしいと考えるようになったせいだろう。
自己実現や職業的達成を重視する価値観が広がって、出産や育児の優先順位が下がるのは、至極自然な流れだと言える。
さらに日本の場合、住宅費や教育費が高騰し、将来の所得の見通しが立ちにくいという状況もあり、子どもを持つことは大きな経済的決断になる。
それでも少子化を食い止めるべく子ども手当などさまざまな支援策が打ち出されていて、そのおかげで出生率が多少増えた地域もあるようだが、社会全体の流れを反転させるほどになってはいない。
◆既存のシステムにこだわるほど新たな緊張が生まれる
そもそも出生率が下がった最も大きな理由が社会の成熟による価値観の変化にあるのだとすれば、子育て支援を多少厚くしたところで、出生率が劇的に上がるようなことにはならないだろう。
こうして人口増を前提に設計された既存のシステムを無理やり維持しようとする力と、個々人の合理的な選択とのあいだには、もはや埋めようのない乖離が生まれているのだ。
そんな中でも企業の短期的利益を極大化しようとすれば、日本人より低賃金で働き、また消費者にもなってくれる外国からの移民を増やすほかはない。
資本家の味方をしたい自民党政権は移民労働者の受け入れに熱心だが、単純労働を担う移民が急増すれば、地域社会との摩擦や文化的軋轢も生じかねない。
もはや不可逆的だとも言える人口減少という構造的変化に対し、従来型の拡大モデルを維持しようと躍起になればなるほど、新たな緊張が生まれるのである。
◆労働人口が減っても賃金が大きく上昇しないという矛盾
日本では2010年代前半ごろから、労働人口(15〜64歳)が本格的に減少しており、今後さらに減少が続くことがほぼ確実視されている。
労働人口が減るということは、労働力という商品の供給が減るということだ。市場原理に従えば、供給が減れば価格は上昇する。すなわち、本来であれば賃金が上がる方向に働くはずである。
しかし、現実はそう単純ではない。
グローバル化が進んだ現在では、国内の労働者が減っても、その不足分を海外から補うという選択肢がある。
実際、日本は外国人労働者の受け入れを拡大しているので、都市部のコンビニや飲食店、物流現場などでは外国人労働者が多数を占める光景は今や決して珍しくない。
