なぜ起こる? 『鼠径ヘルニア』になりやすい人の特徴と予防のポイント【医師監修】
足の付け根がぽっこり膨らむ、何となく違和感がある――。そんな症状で見つかることの多い鼠径(そけい)ヘルニア(脱腸)。加齢だけでなく、職業や生活習慣、体の使い方も発症に深く関わっています。なぜ起こるのか、どんな人がなりやすいのか、そして予防はできるのか。埼玉外科クリニック院長の松下先生(日本ヘルニア学会 鼠径部ヘルニア修得医)が、分かりやすく解説します。
※2026年3月取材。
監修医師:
松下 公治(埼玉外科クリニック)
2004年、宮崎大学医学部卒業。横須賀市立うわまち病院(現・横須賀市立総合医療センター)、Oregon Health & Science University 短期留学、東京北医療センター、自治医科大学附属さいたま医療センター、練馬光が丘病院、イムス三芳総合病院 腹腔鏡ヘルニアセンター長、東京外科クリニック 特任院長、板橋中央総合病院 鼠径(そけい)ヘルニア統括医師を経て、2022年に埼玉外科クリニックの院長に就任。2024年からは医療法人博文会の理事長を務めている。日本外科学会 外科専門医、日本消化器外科学会 消化器外科専門医・指導医、日本内視鏡外科学会 技術認定医(ヘルニア)・評議員、日本ヘルニア学会 鼠径部ヘルニア修得医・評議員。
鼠径ヘルニアはなぜ起きる?
編集部
鼠径ヘルニアはなぜ起こるのですか?
松下先生
鼠径ヘルニアは、おなかの壁(腹壁)を構成する筋肉や筋膜が弱くなり、その隙間から腸や脂肪などが外側へ脱出することで起こります。原因としては主に、加齢による組織の衰え、日常的に繰り返される強い腹圧、そして生まれつきの構造的な弱さの3つが挙げられます。
編集部
原因について、もう少し詳しく教えてください。
松下先生
鼠径部には「鼠径管」と呼ばれる、おなかの内側と外側をつなぐ通り道があります。男性の場合は精巣へとつながる血管や神経が、女性の場合は子宮を支える靭帯(じんたい)がこの通り道を通っており、構造上どうしても弱点になりやすい部分です。本来、隙間は筋肉や組織でしっかりふさがれているものの、加齢によって組織が薄くなったり、強い腹圧が繰り返しかかったりすることで広がり、穴が開いてしまいます。生じた穴から内臓や脂肪が脱出した状態を鼠径ヘルニアと呼びます。
編集部
腹圧とは、どのようなものですか?
松下先生
腹腔(おなかの内側の空間)にかかる圧力のことです。重い物を持ち上げる、激しく咳をする、排便時にいきむといった動作で一時的に高まります。腹圧のかかる動作が日常的に繰り返されると、腹壁の弱い部分に少しずつ負荷が蓄積し、ヘルニアを発症しやすくなります。
編集部
子どもと大人では、鼠径ヘルニアになるメカニズムが違うのですか?
松下先生
はい、根本的な違いがあります。子どもの場合は先天性で、胎生期に本来閉じるはずの穴が生まれつき閉じ切らずに残ってしまうことが原因です。一方、大人の場合は後天性で、もともと正常だった腹壁が長年の負担や加齢によって徐々に弱くなることで起こります。大人の鼠径ヘルニアが自然に治ることは基本的にありません。
編集部
急に発症するものなのでしょうか? それとも徐々に進行するものでしょうか?
松下先生
どちらのケースもあります。突然膨らみに気付くケースもあれば、数カ月から数年かけて徐々に進行し、ある日気付いたら膨らんでいたケースもあります。いずれの場合も、腹壁の組織が長年にわたって少しずつ弱くなった結果として起きたものだと考えられています。
鼠径ヘルニアになりやすい人は?
編集部
性別や年齢によって、なりやすさに差はありますか?
松下先生
明らかな差があります。女性より男性の方が発症しやすく、男性の3人に1人、女性の30人に1人が発症するといわれています。男性は胎児期に精巣をおなかの中から陰嚢(いんのう)へと移動させる際に通る道(鼠径管)が女性より太く、構造的に弱い部分を生じやすいのです。
編集部
鼠径ヘルニアには、いくつか種類があるのでしょうか?
松下先生
はい。鼠径部に起きるヘルニアには、発症部位の違いによって複数の種類があり、男性に多いタイプは、下腹部から腸などが脱出する「外鼠径ヘルニア」と、それよりも内側に発症する「内鼠径ヘルニア」です。女性でも外鼠径ヘルニアや内鼠径ヘルニアは起こりますが、太ももの付け根に発症する「大腿ヘルニア」も多く見られます。大腿ヘルニアは、特に嵌頓(かんとん/腸などが穴にはまり込んで戻らなくなった状態)を起こしやすいので注意が必要です。
編集部
発症率に年齢は関係しますか?
松下先生
大きく関係します。加齢とともに腹壁の筋肉や組織が弱くなるため、高齢になるほど発症リスクが高まります。特に高齢者では、腹壁が緩むことで起こる内鼠径ヘルニアが目立ちます。全身状態が良いうちに、早めに治療を検討することが大切です。
編集部
加齢のほか、どんな人が鼠径ヘルニアになりやすいのでしょうか?
松下先生
職業では、重い荷物を日常的に運ぶ配送業・建設業の従事者や、長時間の立ち仕事をしている人なども発症しやすい傾向があります。強く踏ん張る競技や腹圧の高まる筋力トレーニングを長年続けている人も、腹壁への負担が蓄積しやすいといえます。
編集部
当てはまる人は多そうですね。
松下先生
そうですね。職業や運動習慣以外にも、慢性的な咳や便秘がある人や肥満の人は腹圧が高くなりがちで、発症リスクが上がります。さらに、極端なダイエットや低栄養状態による筋肉量の低下も、腹壁が弱くなる要因になります。
予防法について教えて
編集部
鼠径ヘルニアは予防できますか?
松下先生
完全に防ぐことは難しいものの、発症リスクを下げられる可能性があります。重いものを扱う際は、背中を丸めたまま持ち上げるのではなく、膝をしっかり曲げて腰を落とし、体全体の力を使って支えるようにしましょう。また、便秘を解消することや、慢性的な咳症状を治療することも、腹圧を下げる上で有効な予防策です。
編集部
腹筋を鍛えれば、穴が開くことを防げますか?
松下先生
一概にそうとは言い切れません。一般的な腹筋運動の中には、腹腔内圧を高めるものもあり、かえって鼠径部に負担をかける場合があります。腹直筋を強く収縮させると腹腔内の圧力が一気に高まり、弱くなっている部分をさらに押し広げてしまうリスクがあるからです。
編集部
鼠径ヘルニアの予防で気を付けるべきポイントについて教えてください。
松下先生
便秘の解消や適正体重の維持が基本的な対策になります。そして何より大切な対策は、足の付け根に異変や膨らみを感じたら、早めに医療機関を受診することです。症状が軽い初期のうちに対応することで、体への負担が少ない手術で治療できる可能性が高まります。「何となくおかしいな」と感じたら放置せずに、鼠径ヘルニアの治療を行っている医療機関に相談してください。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
松下先生
鼠径ヘルニアは、決してひとごとの病気ではありません。加齢や職業、生活習慣などのリスクが重なって多くの人に発症します。初期は痛みがなく、横になると膨らみが消えるため「様子を見よう」と後回しにしがちですが、放置すれば悪化するケースが多く、もし嵌頓して腸が壊死(えし)してしまうと緊急事態を招くこともあります。一方で、早期に気付いて治療すれば、腹腔鏡による体への負担を軽減するよう配慮した手術を日帰りで行っています(※適応には個人差があります)。「もしかして?」と感じたら、まずは医療機関に診てもらいましょう。早めに受診することが、結果的にリスクを下げることにつながります。
編集部まとめ
男性の3人に1人、女性の30人に1人が発症するとされる、決してひとごととはいえない病気です。「おかしいな」と思ったら、すぐに医療機関を受診してください。外科や消化器外科など、鼠径ヘルニアの治療を行っている医師に相談すると安心です。
医院情報

所在地 埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-268 エイコービル3F
診療科目 外科、消化器外科
診療時間 月~土9:00~17:30【完全予約制】
休診日 日曜日・祝日
048-650-2555
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