シリア内戦の終結から1年あまりが経過し、難民を祖国に帰還させる動きが加速している。ドイツ在住作家の川口マーン惠美さんは「帰還者には、祖国までの旅費に加え、新生活への支援金も支給される。それでも昨年の帰国者は6500人、在独シリア難民95万人のうち、たったの1%にすぎない」という――。

■元テロリストが国家元首に

3月30日、シリアの暫定大統領であるアフメド・アル・シャラア氏がベルリンを公式訪問した。ついこの前まで、西側ではイスラムテロリストとして知られていた人だ。

メルツ首相は、ドイツの普通選挙で選ばれたAfD(ドイツのための選択肢)の党首とは議事堂のエレベーターの中で出会っても完全に無視し、挨拶もしないというが、イスラム国家樹立のために「ジハード(イスラムの聖戦)」を戦っていた元テロリストとはしっかりと握手。

シュタインマイヤー大統領もヴァーデフール外相も、赤絨毯を敷いてもてなしていたから、私は思わず目を疑った(シュタインマイヤー氏は握手はしなかった)。

私以外にもこのニュースについていけなかった人は多かったのではないか。

イスラムテロリストというと、独特の装束で頭には被り物、長い髭の強面で、ときに西洋人の首を刎ねたりするというイメージが定着している。

アル・シャラー氏も昔はやはりそういう出立ちだったが、その後は戦闘服と帽子となり、今では体にぴたりとフィットした高級スーツにネクタイ姿。髪も髭も短く整え、西側から資金を引き出すにはどういう格好をすれば良いのか、ちゃんと心得ている。

長身で鍛え抜かれた身体は、ドイツの並みの政治家よりも格段見栄えが良かった。

シリア暫定大統領のアフメド・アル・シャラア氏(写真左=Kremlin.ru/CC-BY-4.0/ウィキメディア・コモンズ)とドイツのフリードリヒ・メルツ首相(写真右=Steffen Prößdorf/CC-BY-SA-4.0/ウィキメディア・コモンズ)

■こうして氏は大統領になった

ただ、私が問題だと思うのは、大勢の在独シリア人が氏の到着を待ち構え、大歓迎していたこと。

アサド政権を倒した英雄という意味での喝采なのか、あるいはイスラム・スンニ派の勝利に対する熱狂なのか? 

しかし一方に、「アル・シャラアが殺戮し、フォン・デア・ライエンが支払う」という垂れ幕を掲げて抗議するクルド人グループの姿も。思えばドイツは火種のような人々をたくさん抱えている。

写真=AFP/時事通信フォト
独首相官邸の前で、シリアのシャラア暫定大統領を出迎える人たち(2026年3月30日、ベルリン) - 写真=AFP/時事通信フォト

アル・シャラア氏は、1982年、サウジアラビア生まれ。

ただ、元々の出身地はシリア南西部に位置するゴラン高原で、戦闘員時代に使っていた名前、アル・ジョラーニは「ゴラン高原出身の人」という意味だそうだ(ゴラン高原は、1967年よりイスラエルに占領されている)。

2003年、イラクの湾岸戦争では、アルカイダの戦闘に参加。11年にシリアの内戦が始まると、アルカイダから分岐してできたアル=ヌスラ戦線(以下、アルヌスラ)で、アサド政権を相手に戦った。アルヌスラも、やはりジハードを目的とした軍事組織だ。

アル・シャラア氏はそこで頭角を現し、13年にはイスラムテロリストの頭目として、米国に1000万ドルの懸賞金付きで指名手配されたが、捕まることはなかった。

その後、次第にシリアの反アサド武装勢力の中心的存在となっていったアル・シャラア氏は、17年、スンニ派の新しい武装グループHTSを組織する。そのHTSが7年後の24年12月、突然、アサド政権を倒すのである。

シリアのバッシャール・アサド元大統領(写真=kremlin.ru/Files from Kremlin.ru, 2018/Wikimedia Commons)

■アサド元大統領のモスクワ逃亡

ただ、それが不可解。

というのも、すでにその頃、シリアの内戦はアサド派の勝利でほぼ収束したと見られていたからだ。

ドイツ国内でも、そろそろシリア難民を帰国させてはどうかという議論が起こっていた。だから、アサド大統領がモスクワに逃げたのは、誰の目にもいかにも唐突に映った。

なぜアル・シャラア氏のHTSは、あっという間に形勢を逆転できたのだろうか?

しかも、その後の動きも早い。

翌月25年1月にはHTSがトントン拍子で「シリア救済政府」を樹立し、アル・シャラア氏が暫定的とはいえ大統領に就任。

同年7月、米国がHTSをテロ組織指定から外し、9月には氏はニューヨークの国連総会で演説。さらに11月、正式にワシントンに招聘され、トランプ大統領と会談。シリアの国家元首(!)による米国の訪問は1946年以来だというから歴史的邂逅だ。

さらに驚くのは、アル・シャラア氏率いる新生シリアが、アメリカ主導の「対IS国際有志連合」の加盟国となったこと。

しかし、繰り返すようだが、HTMもIS(イスラム国)も、ジハード主義のイデオロギーに根差した武装組織で、素人目には、どちらがどちらを成敗しても縄張り争いにしか見えない。

だから急に、勝者はHTMで、そのトップであるアル・シャラア氏がシリアの国家元首だと言われても、ピンと来ない。

国連が彼に何を期待しているのか、米国が何を目論んでいるのかもわからない。

アル・シャラー氏とはいったい何者なのか?

■「私が据えた」トランプ氏の意味深発言

興味深いのは、26年2月、記者会見でシリア情勢について質問を受けたトランプ大統領が、次のように述べていたことだ。

「シリアの大統領は私が据えた人物で、実際のところ良い働きをした。彼は荒っぽい男で、教会の合唱団の少年じゃない。(中略)シリアは順調にまとまりつつある」。

わかったような、わからないような……。

米国はアサド政権を潰せなかったので、アル・シャラー氏を投入したということ?

しかし、アフガニスタンと同じく今回も、シリアが“順調にまとまりつつある”などとは誰も思っていないのではないか。

アサド前大統領は、シーア派の少数一派であるアラウィー派に属していた。しかし、国民の大半はスンニ派だったため、アサド政権はスンニ派を極度に警戒。そのため、反政府活動を行うテロリストたちを徹底的に弾圧、拘束、処刑した。

しかし、政府に従順ならば、異教徒というだけであえて迫害することはなかった。それどころか、キリスト教に関しては、信者をイスラム過激派の攻撃から守るという立ち位置を取り、味方として取り込んだ。

アサド夫人がイースター時に教会を訪れ、信者たちをハグしている微笑ましい映像なども残っている。

もちろん、これらは政権のプロパガンダの一環でもあったが、しかし、現実としてアサド政権下では、キリスト教徒はクリスマスやイースターを祝うことができた。また、同じく異民族クルド族もアサド側に立ち、イスラムの過激派を相手に戦っていた。

シリアのバッシャール・アサド元大統領(右)と、アスマ夫人(左)(写真=インド大統領事務局/GODL-India/Wikimedia Commons)

■「3年でシリア難民80%の帰国」は実現するのか

一方、アル・シャラア氏はアサド政権に弾圧されていたスンニ派だ。

だから、氏のHTMは、これまで敵であったシーア派やキリスト教に対して、当然、今も寛容ではない。そこで、彼らが権力を掌握したら起こるだろうと想定していた通りのことが、今、起こっている。

つまり、アラウィー派やクルド民族への報復、虐殺。キリスト教徒もすでに安全ではない。アル・シャラア氏は、規律を侵した治安部隊は取り締まると言っているが、どうなるか?

さて、メルツ首相は冒頭のアル・シャラア氏との会談後、記者団の前でこう言った。

「大統領の要請で、これから3年でドイツにいるシリア難民の80%が帰国することになる」。

ドイツにいるシリア人のほとんどは、メルケル首相が15年に国境を開いた時に無秩序に流入した人たちだ。その後、24年7月に社民党政権が帰化の条件を緩め、この年だけで8.3万人のシリア人がドイツ国籍を取得。そのため、現在、在独シリア人の数は統計上は少し減ったが、それでもまだ95万人。

そのうちの80%を帰国させるには、単純計算でも毎日700人を飛行機に乗せなければならない。まさしく非現実的。首相がこのような妄想を語ると、信用をなくす。

■「いま帰すのは非人道的」という声

ちなみに、95万人のシリア難民のうち就労者は3分の1のみ。また、約50万人は市民金という生活保護で暮らしている。

市民金受領者は住居も暖房費も全額補助され、子供手当と合わせるとかなりの額となる。

昨年、欧州在住のシリア難民にアンケートを取ったところ、母国には帰りたくないと答えた人が大半だった。

UNHCR資料からプレジデントオンライン編集部が作成/この先12カ月の居住先の意向調査結果。81%が受け入れ国にとどまりたいと回答している。調査対象は在欧のシリア難民。期間は2025年3月〜5月。

一方、現在、ドイツで働くシリア人医師は、なんと6000人以上。

彼らの多くは、15年以前に亡命してきた人たちで、彼らが母国送還になると困る病院はたくさんある。

だから今、「ドイツ社会に溶け込んで生活している人たち、特に就労者を帰すな」という声が高い。しかし、役に立つ人は留めおき、失業者や犯罪者は帰すというのは、何となく虫が良すぎるのではないか。シリアは復興のために、まさに役に立つ人々を必要としている。

ちなみに、社民党や緑の党は基本的に、1人でも多く難民を入れ、入った難民は二度と返したくない。だから、「シリアの町は破壊されており、あんな所に難民を返すのは非人道的だ」という主張もある。

彼らに言わせれば、まずドイツ人がなすべきは「町の復興」。ということは、シリア人はそれが完了してから帰国? ありえない! と思うのは私だけか?

■「養うのは大変、帰すのはもっと大変」

アサド政権の崩壊後1ヶ月で、近隣諸国に逃れていた600万人のシリア難民のうち、約126万人がすぐに帰国したという。

トルコにいた300万人も、今ではすでに50万人が祖国に戻った。

しかし、ドイツの昨年の帰国者はたったの6500人。

航空券や途中の宿泊費はもちろん、新生活立ち上げ支援として一人あたり数百ユーロ、家族単位なら数千ユーロもの金額が支給されるというのに、それでも帰らない。

ドイツでは、帰りたくない難民と、帰したくない政治家がしっかり心を通わせている。

難民を入れるのは簡単だが、養うのは大変。帰すのはもっと大変だ。私は、ドイツの中東難民のほとんどは、おそらくもう帰らないだろうと思っている。

写真=iStock.com/MichaelUtech
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MichaelUtech

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。
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(作家 川口 マーン 惠美)