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大学進学が当たり前となった今、奨学金は決して特別なものではありません。実際、進学者の約半数が制度を利用していますが、卒業後に返済が滞るケースも増えています。もしも、その負担が親に回ってくることになったら――? 本記事では、CFPの松田聡子氏の助言をもとに、就職につまずいた子どもから奨学金返済の援助を求められた50代夫婦の事例を取り上げ、返済が困難になった際に取るべき対応や考え方を解説します。

老後資金ラストスパートの矢先に届いた息子の電話

山梨県の中堅企業で総務部長を務める赤塚俊明さん(仮名・54歳)は、年収650万円。妻の美奈子さん(仮名・53歳)はパートタイマーとして働いています。二人の子どもはそれぞれ私立大学に進学し、長女(26歳)は京都の大学を卒業して現地で就職。長男・佳彦さん(24歳)も一昨年、大学を卒業して就職しました。

「これでようやく自分たちの老後資金を準備できる」

子どもの学費を優先してきた20年間、老後資金の準備はどうしても後回しになっていました。二人を私立大学に通わせるだけで精いっぱいで、貯蓄に回す余裕はほとんどなかったのです。佳彦さんの就職を機に、俊明さんはiDeCoやNISAを本格的に始め、年金生活に入るまでの期間で取り戻そうと意気込んでいました。

ところが、佳彦さんは入社した会社を1年足らずで退職。「どうしても環境が合わない」との理由でした。俊明さんは心配しながらも、「息子はもう大人。本人に任せるしかない」というスタンスで、あえて何も言いませんでした。

そんなある夜、佳彦さんから電話がかかってきました。

「お父さん、実は奨学金の返済が毎月きつくて。今月もう無理そう。代わりに払ってもらえないかな」

思いがけない言葉でした。佳彦さんは、退職後の転職活動がうまくいかず、現在はアルバイト生活を続けています。不安定な収入の中で毎月の奨学金返済が負担になり、ついに限界を迎えたというのです。

佳彦さんが大学4年間で借りた奨学金の総額は約300万円。月々の返済額は約15,000円で、返済期間は最長20年にわたります。「一時的に払えない金額ではない」と俊明さんは思いましたが、アルバイト収入で暮らす息子の状況がいつ改善するか分かりません。

「1年肩代わりをすれば18万円か……。長引けば、せっかく始めた老後資金の積み立てが思うように進まなくなる」

電話を切った後、頭の中でさまざまな不安が駆けめぐりました。

奨学金の利用は特別ではないが…

赤塚家のケースは、決して珍しいことではありません。独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「令和6年度学生生活調査結果」によると、現在、大学生(昼間部)の51.1%、つまり2人に1人が何らかの奨学金を利用しており、そのうち93.2%がJASSOの奨学金の利用者です。

奨学金は、いまや大学進学の標準的な資金調達手段だといえます。しかし、その実態を十分に理解しないまま利用しているケースは多いと考えられます。

JASSO奨学金利用者の平均借入総額は323万円にのぼります。数百万円という単位のお金を、学生本人も親も「奨学金だから」と、住宅ローンや教育ローンとは別物のように捉えてしまいがちです。

しかし、返還が必要な貸与型奨学金は、れっきとした“借金”です。

さらに、有利子の第二種奨学金の利率固定方式は、2025年3月の貸与終了者で年1.641%まで上昇しており、ここ数年は上昇傾向が続いています。「金利のない世界」から「金利のある世界」への変化の中で、社会人となって返済する負担は確実に高まっているのです。

問題は金額だけではありません。20代前半のアルバイトの手取りは月15〜18万円程度です。そこから家賃・食費・光熱費を払えば、月15,000円前後の奨学金返済は決して小さな負担ではありません。佳彦さんのように就職直後に退職してアルバイト生活になるケースは、返済が最も苦しくなる典型例です。

奨学金は「もらえるお金」ではない──数百万円を「借りる」という認識の薄さ

そして、もう一つ見落とせないのが、延滞した場合のリスクです。奨学金の返還が延滞3ヵ月以上になった場合、個人信用情報機関への登録対象となり、スマートフォンの分割払いやクレジットカードの利用ができなくなる、また住宅ローンの審査に通らなくなるといったおそれがあります。

奨学金を借りること自体は信用情報に影響しませんが、返済を滞らせると、将来の住宅取得や大きな買い物にまで影響が及ぶのです。

では、なぜこうした事態が起きてしまうのでしょうか。根本的な問題は、借りる時点での認識の甘さにあります。

貸与型奨学金を借りて卒業後に返還するのは、多くの場合、親ではなく本人です。そのため「子ども本人が借りているお金」という認識を親子で共有してから、借りる必要があります。

しかし実際には、在学中の子どもは返済を具体的にイメージしにくく、親も「何とかなるだろう」と深く考えないまま利用を決めてしまうケースが少なくありません。

借りる段階で、卒業後の収入と返済額のバランスを想定し、親子でしっかり話し合っておくこと。それが、後のトラブルを防ぐ第一歩となります。

親が肩代わりする前に知っておきたい「救済制度」と老後資金を守る選択

奨学金の返済が苦しくなった場合、すぐに親が肩代わりする必要はありません。まずは子どもが「返還期限猶予」や「減額返還制度」といった救済制度を利用すべきです(図表1参照、JASSOの場合)。

[図表1]JASSOの救済制度

それでも、どうしても立ち行かない場合に、初めて親による支援を検討すべきでしょう。援助するなら「贈与」ではなく「貸付」として、家族間でも書面を作成しておくことをおすすめします。「返してもらう約束」を明確にしておくことが、子どもの自立心を育てることにもつながります。

子どもへの際限ない支援は、老後の生活基盤を揺るがすリスクがあります。肩代わりするにしても、上限金額と支援する期間をあらかじめ決め、それ以上は支援しないという線引きを親子で共有しておくべきです。

「肩代わりは本当に息子のためになるのか?」父の決断

佳彦さんの頼みを聞いた直後、俊明さんは返済を助ける前提で妻の美奈子さんと話し合いました。しかし、それは必ずしも息子のためにならないのではないかと思い直します。

ずっと支え続ければ、自分たちの老後資金は確実に削られていきます。いずれ自分たちが困ったとき、そのしわ寄せが子どもに向かう可能性もあります。さらに、「困ったときは親が何とかしてくれる」という前提ができてしまえば、佳彦さん自身が立て直す機会を失ってしまうのではないか……。

そう考え、俊明さんはJASSOの「奨学金相談センター」に相談。そこで知った減額返還制度の申請を佳彦さんに勧めました。手続きの結果、毎月の返済額は半額に減り、佳彦さんは自力で返済を続けられるようになりました。

俊明さんの老後資金の積み立ては、目標額を変えずに維持できました。その後、佳彦さんも少しずつ転職活動を再開。数ヵ月後には正社員の仕事を見つけ、収入が安定したところで通常の返済額に戻すことができたのです。

「息子が順調に返済する前提でしか、考えていなかった。奨学金は大きな借金だということはもちろんですが、“もしも返せなくなったとき”のことまで、話し合っておくべきだったと思います」と俊明さんは振り返ります。

子どもが奨学金を借りるとき、そして就職するときに親子でお金の現実を共有することが、こうした「まさかの事態」を防ぐための、最大の備えなのかもしれません。

松田聡子
CFP®