「奈良と京都の違い」は寺社にあり…「薬師寺」を訪ねて分かった、奈良県の奥深い魅力
京都と奈良の寺院の違いを聞かれて、すぐに答えられるだろうか。観光客が多く華やかなイメージの京都、のんびりと静謐な時間が流れるイメージの奈良。そのような茫漠とした印象の背後には、平安仏教と奈良仏教の違いがあり、脈々と受け継がれる伝統の色がある。そして、その伝統の色は街を支える美意識にも深く組み込まれている。
奈良仏教の6つの宗派、南都六宗のうちの1つである法相宗を代表する寺院・薬師寺を訪ねて、奈良ならではの景色を深掘りしてみよう。
薬師寺と「唯識思想」
薬師寺の建立は、680年に持統天皇の病気平癒を祈願して、天武天皇によって発願された。法相宗は「唯識思想」という教えに特徴を持ち、これは5世紀ごろに弥勒菩薩にはじまり、その後インドに広まった教えである。中国に広まったのは7世紀ごろ。玄奘三蔵が経典を求めてインドへ旅し、生涯、持ち帰った経典を翻訳し続けた。この玄奘三蔵は『西遊記』の三蔵法師のモデルとなったことでも知られている。
「唯識思想」の唯識とは、「ただ識(こころ)のみ」が働いて現象世界を見ている、という意味である。
私たちは、自分の経験に随って物事を認識し、選択しながら生きています。自分では「正しく見ている」と思っていますが、 それはあくまでも「私の識(こころ)のなかでは正しくみている」であり、万人にとって正しいわけではありません。…私たちは自己の執著によって虚妄分別(こもうふんべつ)して生きていることを知れば、より寛容で謙虚に他者を受け容れることが出来ます。誰しもが誤っているのに誰しもが自分だけが正しいと思い込んでいるのです。 私たちの最も身近で最も難解な識(こころ)を解き明かそうとする、これが法相宗の唯識の教えです。(薬師寺公式サイトより)
薬師寺をはじめとする奈良仏教の寺院は基本的には檀家制度を持たず、葬儀や供養を行わない。薬師寺副住職である大谷徹奘さんは「いま生きている人間がより良く生きるための宗教」だとそんな奈良仏教の特色を言い表している。病気や他者との関係など、人生のままならなさに苦しむすべての人に教えはあまねく開かれている。
途切れることのない時間の流れ
中央に本尊を祀る金堂、東西に二基の塔を配する伽藍配置は薬師寺が日本ではじめて取り入れた。このような伽藍を「薬師寺式伽藍配置」と呼び、「東塔」と「西塔」にはそれぞれ、太陽が昇る場所、沈む場所としての意味が込められている。「東塔」は誕生や生成を象徴し、私たちの過去やいままさに生きている現在を司っている。一方で、「西塔」は人生の帰結や未来を象徴し、現在の修行が未来の救済へとつながることを示している。これら2つの塔が並び立つことで、過去の教えをもとに、現在を生き、未来の悟りを目指す、という途切れることのない時間の流れが表されているのである。
一方で、平安仏教に多く見られる「本院」と「別院」という伽藍の構成は、「本院」が現世を意味し、「別院」が未来(極楽浄土)を意味しているという。対する奈良仏教においては、過去にまで延びた円環的な時間の流れが重要視されているのである。奈良の街を歩くときに感じる、時が止まったような安らぎはこうした宗教的な背景にも依拠しているのかもしれない。
「いま生きている人間がより良く生きるための宗教」という奈良仏教の特色は、薬師寺の特色でもある法話とお写経にも色濃く表れている。1960〜70年代に薬師寺の再建に奮闘した僧侶の高田好胤さんは、修学旅行で訪れた学生に唯識思想を分かりやすく伝えることに注力し、「青空説法」と呼ばれるユーモアたっぷりの法話がたいへんな人気を博した。また、檀家を持たない薬師寺は老朽化が進むなかで再建費用の捻出に苦慮していたが、そこで好胤さんが発案したのが、お写経勧進だった。天武天皇がはじめた写経という修行の方式を、広く一般の人にも「自らの心のあり方を見つめる機会」として開いたのだ。
和菓子屋やカフェで心を整える
日常生活のなかで心を整え、自分の現在地を見つめなおす。奈良の街は寺院以外でもそんな機会にあふれている。たとえば、元興寺のほど近く、風情ある「ならまち」に位置する和菓子店「樫舎」。薬師寺をはじめとする古社寺御用達の銘店である。店主の喜多誠一郎さんは「材料に手を加えるほど穢れていく」と語り、最高の素材を最低限の手数でもって和菓子に仕立てあげていく。
完全予約制の和菓子コースではできたての和菓子をいただくことができる。いちばん自然なかたちを取って生まれた和菓子は、身体に溶け込むような優しい甘さ。伝統を大切にしながらも「最新のものが最良」と語る喜多さんの美学をぜひ体感してほしい。
また、薬師寺のほど近くの古民家カフェ「ホトケノネドコ」は、かつて僧侶が修行をする僧堂であった場所を改装して誕生した。店名はかつて仏様を祀り、現在も地域の「数珠繰り」が行われる祈りの場所であることに由来する。元小学校校長でもある店主の渡辺肇さんは「奈良の日常」を体感してほしいと、奈良の家庭で古くから親しまれてきた茶粥や三輪素麺を提供している。地域の公民館的な存在でもあり、観光客と地元の人々が一緒にくつろぐ素顔の奈良を味わうことができる。
歴史と食、音楽が一体に
奈良の街に宿泊するなら、2022年11月に「食・音楽・歴史」にこだわったオーベルジュとして生まれ変わった「登大路ホテル」に注目したい。ホテル内のレストラン「ル・ボワ」では興福寺を借景としながら、繊細なフレンチをいただける。
社長を務める川島昭彦さんは、ピアニストの反田恭平さんが代表を務める管弦楽団「ジャパン・ナショナル・オーケストラ」の会長を兼任している。その繋がりもあり、「ル・ボワ」には世界最高峰のグランドピアノであるスタインウェイ&サンズが設置。毎月第三土曜日にはランチ・ディナーが付いたサロンコンサートも開催されている。
JR東海の観光キャンペーン「いざいざ奈良」では第9弾となる新たなテレビCMや宣伝広告を3月31日より展開。俳優の鈴木亮平さんが舞台となる薬師寺を訪れている。映し出されているのは、毎月8日に行われる転読法要のダイナミックな様子。転読とはお経の読み方のひとつで、経典の一部を声に出して読み、残りを扇状に空へ広げることで全文を唱えたのと同じ功徳が得られると言われている。他にも、CM内では鈴木さんが樫舎や登大路ホテルを訪れる。登大路ホテルでは反田さんがグランドピアノを生演奏する一幕もあり、CM曲としても使われている。
ほかにはない奈良の魅力を存分に味わう旅に出てみてはいかがだろうか。
