【坂上 知枝】【ヒナタ】糞尿垂れ流しで1日1回エサをばら撒く「地獄部屋」に閉じ込められた名無しの犬たちのレスキューの現場
何匹いるのか飼い主もわからない「多頭飼育崩壊」
2025年11月のある日、動物保護団体「ワタシニデキルコト」の代表・坂上知枝さんが懇意にしている獣医師から相談の連絡があった。獣医師のところに通う患者の1人が、近所で多頭飼育崩壊状態の家を見つけたという。
相談は以下の内容であった。
「80代女性が、自宅で多頭飼育崩壊を起こしています。
現在何匹いるのか、飼い主自身も把握しておらず、犬たちを糞尿にまみれた部屋に放置し、1日 1回室内に入り、ドライフードを床にばらまき、そこら中に落ちている糞を集めるという飼い方をしているそうです」
坂上知枝さんが設立した一般社団法人「ワタシニデキルコト」(ワタデキ)は、「人間の都合に振り回される動物を救う」ことを目的に活動する団体だ。坂上さんは、子どものころから捨て猫や捨て犬を保護しては、きれいに体を洗ってあげ、飼い主や里親を探していた。ワタデキを立ち上げて以降は、ボランティアメンバーとともに、自ら救助し、自宅でケアをしたり里親探しをする一方で、東京、千葉、福島などの保健所や愛護センターと連携し、里親探しが困難な心身に問題を抱えた犬猫の引き取りも行う。 資金は賛同者からの寄付と、チャリティイベントや通販サイト『ワタデキストア』でチャリティ商品の販売などで補おうとはしているが、実際は持ち出しになることも多い。
本連載はワタデキで、坂上さんとともに活動しているメンバーの視点から、坂上さんらの保護動物たち救出のエピソードを紹介する。
名前をつけてもらえなかった犬たち
2025年11月30日、80代女性が多頭飼育崩壊を起こし、8匹の犬がレスキューされた。
獣医師経由でワタデキに相談をくれた女性は、「糞尿にまみれた犬たちは、不妊去勢手術もしておらず、散歩をしなかったため屋外に出したこともないと聞きました。トイレなどの躾はおろか、名前もつけていないそうです」と話していた。
多頭飼育崩壊とは、一般的には飼い主の許容数を越え無秩序に動物を増やしたことにより、飼育不能になってしまう状態をいう。つまりは飼い主のキャパシティ以上に動物が増え、動物たちの健康や生命維持が不可能になっている環境だ。
飼い主の80代の女性は3階建ての建物に住んでいた。1階では女性とその姪が飲食店を経営しており、現場はそんな店舗の1つ上、2階の一室だった。
「相談者は同じタイミングで現場地域の保護団体にも相談していたので、連携してレスキューにあたることになりました。
先に地域の保護団体が5匹レスキューし、残りは8匹ぐらいではないかとのことだったので、翌日ワタデキがレスキューに入ることになったのです」(坂上)
当日、現場に入った坂上とメンバーはその有り様に驚愕したという。
どこかにまだ死体があるかもしれない
「すごかったです。まさに地獄。今思い出しても臭いが鼻に上がってくる感じです。
頭から足元まで全身レインコートなどのビニールで覆い、ゴム手袋をしてマスクを重ねても、吐き気をもよおす臭いや、歩くたびにぐちゃりとする、長年の糞尿がたっぷり染み込んだ床や座布団の感触に声をあげたくなりました。
地域の団体さんが入る前日にすでに1匹亡くなっていたと聞き、どこかにまだ死体があるかもしれない、瀕死の子がいるかもしれないと、いろいろな汚物に触りながら、引きだしの中、押し入れの奥など、あらゆるところを覗き込みました」(坂上)
「名前もない、何匹いるかも分からないという飼い方ですから、もちろん医療にもかけてもらったことなどなく、爪切りやシャンプーなども無縁。犬たちは、毛に糞尿がついてガチガチに固まり、体中におもりをつけているよう。毛が絡んで固くなった毛玉同士がくっついてしまい、自由に脚を動かすこともできないほどの酷い状態でした」(坂上)
それでも必死に逃げ回る犬たち8匹をなんとか捕まえた坂上たちに、1階で飼い主と一緒に店を営んでいる、「飼い主」の「姪」という女性が声をかけてきた。
まるで他人事の親族の台詞
「大変ね、これで全部? 助かったわ」
「3階は私が毎日掃除しているし犬はいないでしょ。あそこはご先祖様の部屋だから」
そういって彼女は剥き出しの1000円札を5枚、坂上の手に握らせ、仕事中だからと言って足早に去っていった。
坂上は言葉にできないほどの怒りと悲しみに苛まれたという。
「なんて他人事なんだろう。あの2階を通って毎日3階に行くくせに、なぜ犬たちをあんなふうに放置できるのだろう?
犬たちはゴミじゃない。そして私たちは便利屋じゃない。あなたたちのために動いたんじゃない。そう思いました」(坂上)
坂上は急いで犬たちを連れ帰って洗った。メンバー4人で手分けしたが、大量の毛玉と地肌までべったりと層になった糞尿や垢に苦戦した。洗っても洗っても悪臭と黒く汚い水が染み出し、結局3時間以上の時間をかけて8匹をどうにか洗い終えた。
翌日、すでに預かりが決まっているとのことで地域の保護団体が2匹を引き受け、ワタデキの預かりは6匹となった。
「すぐに医療にかけたところ、心雑音、胆石、子宮水腫、子宮蓄膿症、角膜漬瘍、傷からの眼球白濁、白内障、耳血腫、脚が固まってつかないなど、問題を抱えている子もいることが分かりました。全員に不妊去勢手術などを施し、治療をしながら里親さんを探します」(坂上)
6匹の保護犬たちの様子
それぞれに名前もつけられた。オスが4匹、メスが2匹だ。
人懐こく好奇心旺盛な推定8〜10歳のオスは「うめ」。
人にも犬にもフレンドリーな推定1歳のオスは「牡蠣すけ」。
肝臓の数値がよくないため、治療中の推定6〜7歳メスは「すぱ」。
控えめでマイペースな推定3〜5歳のオスは「いんちゃん」。
一番警戒心が強く臆病な推定1〜2歳のオスは「お揚げ」。
そして複数の疾患を抱え弱々しく片耳は他の犬にかじられたのか半分ちぎれている推定13〜14歳のメスが「もも」となった。
犬たちは元の家では部屋のいたるところで自由に糞尿をしていたため、トイレから教えなければならない。部屋中にシートを敷きつめ、トイレシートの存在を教え、少しずつシートを敷くエリアを狭めながら、成功すると誉めるという方法でトイレトレーニングを行った。
また、飼い主に構われていなかったせいか人間を怖がる子も多かったため、様子を見ながら触れ、撫でたりおやつをあげたりをしながら、少しずつ人間は怖くない存在だと教えていった。初めて優しくされ、大切に扱われた犬たちは、やがて坂上やメンバーの顔を見ると駆け寄ってきたり、おやつを催促するようにもなった。
「ただ、高齢で一番体の小さな「もも」は足も曲がって筋肉も落ちていて上手く歩けず弱々しい上、食も細くとても心配でした。感情を出すこともなく、いつも部屋の隅でじっとしている姿をみて、まずはこの子だけをきちんとケアできる環境に置かないとダメだと思いました」(坂上)
◇不妊去勢手術もせずに、多数の犬をオスメス構わず一部屋に閉じ込めれば、どんな事態が起こるか、飼い主は想像できなかったのだろうか。
北陸大学の水粼優希准教授による「多頭飼育崩壊に対する心理学的支援」には、多頭飼育崩壊とためこみ症(価値のあるなしに関わらず、所有物の放棄が困難。物品を貯めておくことへの強い欲求がある)の強い関連性が述べられている。
そして、モノのためこみと比べ、動物の「ためこみ」は、中年以降に診断されることが多く、その再発率は100%とも言われる。
驚くべきは、同じ建物内で飲食業を営む「姪」を名乗る女性の存在だ。不潔極まりない2階を素通りし、ここまで放置できるとは、どういった心理だったのだろう。
汚物が層のようになった部屋から、糞尿にまみれた犬たちを救い出した赤の他人の坂上さんやワタデキスタッフに対し、せめて感謝と謝罪の気持ちを表してくれればと思わずにいられない。
後編「80代女性の『地獄部屋』から救出された『糞尿にまみれた犬たち』が初めて知った『当たり前の幸せ』」では、6匹の犬たちの現在をお伝えする。
