高校女子サッカー柳ヶ浦、なぜ「若きイレブン」は女王になれたのか?変幻自在“カメレオンサッカー”と3年生12人の献身
気温4度、風速9メートル――神戸市のユニバー記念競技場を吹き抜ける極寒の風さえも、彼女たちの熱量を奪うことはできなかった。2026年1月11日の第34回全日本高校女子サッカー選手権で初優勝を果たした大分県代表・柳ヶ浦高校。スタメンのほとんどを1・2年生が占める若きチームが、なぜ並み居る強豪を倒し、頂点まで登り詰めることができたのか。初戴冠の裏には「変幻自在」な戦術と、12人の3年生が背中で示した「献身」だった。
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日本一へ…険しい再始動
大分県宇佐市の柳ヶ浦高校。6大会連続10回目の出場と、強豪校の中では決して出場回数は多いわけではない。
おととしの選手権で初めてベスト4、昨年度のインターハイでもベスト4と、強豪校と肩を並べてきた。しかし、今年の夏は九州予選で神村学園(鹿児島)に敗れ、全国の舞台にすら立てなかった。
当時の状況について、チームを率いて19年になる林和志監督(45)は、「主力は欠けていたが、それ以上に力の差を見せつけられた」と振り返る。
今年のチームでイレブンに名を連ねる3年生は、キャプテン・田淵聖那とエース・松田吏真の2人のみ。県大会では、終了間際に松田のゴールで1―0で勝利し、辛くも選手権への切符をつかんだ。
指揮官の叱咤と朝5時半の決意
12月上旬、大会が近づく中、グラウンドには林監督の怒号が響いた。
林監督:
「ボールを動かされてアプローチ1回行ったら終わり?ふざけるな!シュートを打たれようとしているのに次の攻撃のことを考えている。守れなくて点をとられたら次の攻撃はない。楽してるよ!好きなことだけしようとしている」
相手を分析・観察し、長所を消して弱点を突く。これを林監督は『カメレオンサッカー』と表現し、チームに浸透させてきた。その基盤は徹底したハードワークによる「良い守備から良い攻撃」への切り替えだ。
林監督:
「きょうのトレーニングを見ていて勝ちたいチームじゃないよね。でもこのきつい準備が勝敗を分けてくる」
ディフェンスリーダーでU-17日本代表候補のDF4・伊藤白羽(2年)は、あの日から意識が変わったという。
伊藤:
「林先生は守備の監督。きついときでも顔に出さず走り切ることを改めて徹底しました」
選手たちは、自身を見つめ直し、自主的に朝5時半からの練習を全員で取り組んだ。さらには3年生12人全員が率先して行動し、下級生主力のチームをその姿勢でけん引した。
目の前の試合に集中…初の決勝へ
迎えた冬の選手権。シード校として挑んだ初戦の2回戦は尚志(福島)、続く3回戦も作陽学園(岡山)にPK戦の末に競り勝った。
田淵キャプテン:
「大会前、日本一という目標を最初に立てていましたが、何も結果を残せなくて監督たちから一戦必勝に変えた方がいいと言われました。全員でミーティングして切り替えて、目の前の試合だけに頑張るという考え方になってチーム全員が変わりました」
そして迎えた準々決勝。チームはここから加速する。ボールをつなごうとする聖和学園(宮城第1)に対し、柳ヶ浦は最前線からハイプレスを敢行。主導権を渡さず4発快勝を収める。
変幻自在“カメレオンサッカー”覚醒”
準決勝の暁星国際(千葉)戦では、今大会初の失点を許したものの、田淵の2ゴールなどで3ー1で快勝。相手の長所を消し、良い守備から良い攻撃で決める“カメレオンサッカー”を体現し、初の決勝の舞台に駆け上がった。
スタメンの3年生・田淵と松田は、小学6年生の時に熊本のクラブチームで出会って以来、柳ヶ浦での高校生活まで実に7年もの歳月をともに戦い抜いてきた。ピッチ上の誰よりも互いを知り尽くす阿吽の呼吸。決勝戦が2人で同じユニフォームを着て戦う最後の舞台となる。
松田:
「聖那をはじめ、ずっと一緒にやってきた仲間と最後の試合。勝敗は自分では決められないが、悔いのないプレーをすることは自分でできる。全員でやりきって終わりたい」
田淵キャプテン:
「負けても勝っても、泣いても笑っても最後の一戦。日本一をつかんで終わりたい」
「エース封じ」監督の奇策
決勝当日、キックオフ2時間前には雪が舞うほどの大寒波に見舞われた。柳ヶ浦サイドは「風を有効に使おう」と想定していたが、上空は風が舞い、ピッチ上のフラッグは四方八方にはためく。両チームともにロングボールが使えない地上戦を強いられた。
相手は、夏の九州予選で敗れた過去3度の優勝を誇る神村学園(鹿児島)。今大会最多24得点の攻撃力を封じるため、林監督は驚きの策を講じる。今大会の出場時間がわずか1分だった1年生DF3・平尾心瑚をスタメンに抜擢。神村学園エースのMF7・山野蒼空(2年)に対し、徹底マークを指示した。
林監督:
「相手にインパクトを与えたかった。平尾は対人が非常に強く、戦い抜いてくれると信じて送り出しました」
指揮官の期待通り、平尾は影のように山野に張り付いた。味方がボールを持っても、彼女の目は相手のエースを捉え続ける。相手を分析し、最適な形に変容する。まさに“カメレオンサッカー”の真骨頂だった。
鉄壁の守備…14校目の女王誕生
それでも神村学園のストライカーは強力だった。何度も柳ヶ浦ゴールへと迫るが、1年生GK・中川響が好セーブを連発した。
そして前半43分、均衡が破れる。コーナーキックのチャンスで、クロスは高身長の選手が集まるファーではなくニアへ。そこに飛び込んできたFW14・村上凛果(2年)がゴールネットを揺らした。
村上:
「チームに背の高い選手が多いので、ファーを意識されていると思ってニアに走り込んだ。クロスが来たので決めてやろうと思った」
待望の先制点。後半、神村学園は4バックから3バックに変更。前線を増やし攻勢をかけるが、大型センターバックの伊藤とDF5・大下紗也奈(1年)を中心に丁寧なラインコントロールでピンチの芽を摘んでいった。
伊藤:
「一人ひとりがボールに対して行けていたので、絶対に決められないと思った。キーパーも本当に良く走ってくれていたので、きょうは絶対無失点でいけると思っていました」
大会通算でわずか1失点。鉄壁の守備は最強の矛を通さない。試合は1ー0で柳ヶ浦が初優勝。34回を数える大会の歴史の中で、14校目の女王が誕生した。
歓喜と感謝の言葉
田淵キャプテン:
「チームとしてみんなが同じ方向を向いて、絶対に一戦一戦勝つんだという思いで戦ってきた結果が、日本一につながったと思います。日本一になれたのは、人生の宝物になると思います」
林監督:
「前々から『九州はひとつ』を合言葉に女子サッカーに取り組んできた。この舞台で九州対決ができたことが幸せです。スタメンに下級生が多い中でも3年生がチームを引っ張ってくれたおかげ」
「地方の学校が優勝できた。ほかの学校にもチャンスがあると思ってほしいし、今度は追われる立場になるので気を引き締めて新チームに臨みたい」
表彰式後、キャプテンが優勝カップを林監督に渡し、全員で歓喜の輪を作った。そして、大会で躍動した後輩たちが、3年生への感謝を語った。
村上:
「3年生と先生を日本一にするという強い思いがあって、こういう結果で恩返しできたことが一番うれしいです」
伊藤:
「3年生がここまで引っ張ってくれたから来られた舞台なので、本当に感謝しかないです。最高の恩返しができたと思います」
大会優秀選手には松田、村上、伊藤、大下の4人が選出され、中でもエース・松田は最優秀選手に輝いた。
松田:
「ちょっとビックリしましたけど、ワンチャンあるかなって思っていました(笑)。最後に得点でチームに貢献できなかったので、次のステージでもっと結果にこだわる選手になりたいです」
次世代へつなぐ「勝利の伝統」
高校卒業後、松田はなでしこリーグ1部の伊賀FCくノ一三重に内定。一方、キャプテンの田淵は、大学女子サッカー選手権で2回目の優勝を果たした山梨学院大学へ進学予定。小学校から過ごしてきた7年間、ともに歩んできた2人は、目に涙を浮かべながら互いへの感謝を語った。
松田:
「小学校から一緒にやっていて、最後は良い形で終わるっていうのを目標にしていたから日本一で終われてよかったです。つらいときも楽しいときも一緒に乗り越えてきた。聖那がキャプテンでよかったなって思います」
田淵キャプテン:
「一番近くにいてくれて、めっちゃ頼ってた部分もあったんですけど、最後一緒に日本一をとって終わることができてよかったです」
2人が見せた勝利への情熱と規律。その背中をピッチで見てきた下級生は知っている。カメレオンが色を変えるのは、逃げるためではない。相手を仕留めるために、誰よりも泥臭く準備をするためなのだ。それを証明するため、彼女たちは連覇という次なる夢へ走り出す。
