【トリプル安】日本円が再び「世界最弱の通貨」に躍り出た…海外の投資家が「日本売り」をはじめたワケ
■年初来安値を更新しそうなドル円レート
高市早苗首相が就任後、円安に拍車がかかっている。まず外生的な要因として、米連銀(FRB)による追加利下げ観測の後退がある。ただし、だからといって、日米間の金利差はそれほど拡がっていない。そうなると、内生的な要因が円安のドライバーだと考えられる。つまり、高市政権による財政拡張・金融緩和路線が材料視されている。
そもそも高市首相の経済運営観はハト派であり、自民党総裁に就任する前から消費減税の可能性に含みを持たせたほか、日銀の利上げに対するけん制を行うなどしていた。そのため、高市政権が発足後、長期金利の上昇とともに円高ドル安が進んでいたが、いざ政権の関係者が大型の補正予算を組む方針を示したことで、流れが急加速した。

ここで、今年のドル円レートを振り返ってみよう。年初1月1日のドル円レートは、終値で156円87銭だった(図表1)。1月10日にザラ場で158円89銭まで円安が進んだが、その後は円高トレンドとなり、4月22日には取引時間中の最高値となる140円87銭まで円高が進んだ。しかし、この日をピークに、ドル円相場は再び円安に向かう。
そして、11月20日には、終値で157円48銭まで円安が進んだ。高市政権が発足した10月21日の終値が151円94銭だったから、この間に5円、3%も円安が進んだことになる。一方で、長期金利は、終値で1.656%から1.816%まで急上昇している(図表2)。名目GDP(国内総生産)の2倍以上の債務を抱える日本政府にとっては脅威だ。

■新政権発足で債券価格は“暴落”
さらに注目されるのが、超長期国債、具体的には40年債流通利回りの水準だ。40年債の利回りは高市政権が発足した10月21日の終値で3.362%だったが、11月20日には3.731%まで上昇している。債券価格は文字通り“暴落”しており、こうした状況が続けば、日本は財政発の本格的な金融危機に突入する恐れが大きくなる。

ところで、4月にかけての円高は、いわゆる“トランプ関税”に伴い発生したドル不安を反映して生じた動きだった。米トランプ政権の経済運営に対する不信感から米債でありドルが売られたわけだが、この不安定な地合いは小康状態にあるとはいえ、払拭(ふっしょく)されたわけではない。いわばドル不安の中、さらに円が売られているわけである。
一方で、ユーロはドルに対して堅調を維持している。年初、1月1日のユーロドルレートは、終値で1ユーロ=1.0355ドルだった。その後、ドル不安の受け皿に選ばれたユーロの相場は上昇が続き、9月17日にはザラ場で1.1919ドルまでユーロ高が進んだ。11月20日の終値は1.1529ドルだが、年初来の上昇率は11%を超えている。
■ドル不安の受け皿になったユーロ
この間、フランスの政治危機も生じており、欧州連合(EU)に不安定要素がなかったわけではない。確かにフランスの政治危機はユーロ売りの材料となったが、結局は今年、ドルに対して強いままである。その結果、ユーロの対円レートは180円を超えるに至り、1999年1月の発足以来となるユーロ高円安を更新することになった。
EU全体を見回すと、確かにフランスの財政状況は深刻だが、一方でかつて財政が危機的だったスペインやイタリアは、健全な財政運営を維持しており、金利は安定している。その結果、ユーロの信用力は保たれている。言い換えると、日本の円安は、やはりその信用力の源泉である国債の金利の上昇、つまり国際価格の下落によるものだ。
金利上昇には“良い金利上昇”と“悪い金利上昇”がある。トランプ関税が発表された際、米債から資金が抜けて、金利が急騰した。これは信用力の低下を反映した“悪い金利上昇”であり、ドル不安が生じた。円が売られている以上、今の日本で生じている金利の急騰を、成長期待を反映した“良い金利上昇”だと説明することには無理がある。
■なぜ円安が問題なのか
円安であれば輸出企業の業績が上向く。特にトランプ関税で負担が強まる輸出企業にとって、円安は大きなクッションとなる。一方で、円安であれば輸入業者は悲鳴を上げる。要するに、円安は物価高に拍車をかける。今の日本国民は物価高に喘いでいる。物価高を抑制するなら、円高に誘導して輸入物価を引き下げる必要があるのは明白だ。
それに、今回の円安は債券安を伴っている。債券安を伴うということは、企業の資金調達コストも増えるということだ。仮に格下げともなろうものなら、企業の資金調達コストは跳ね上がる。そのコスト負担の増大を円安でカバーできるのは輸出業者だけで、国民の生活に密接な輸入業者は、さらに苦しい立場に追い込まれてしまうことになる。
円安になればなるほど、輸入コストは増大し、小売価格に転嫁されていく。国民はますます、物価高に喘ぐことになる。給付金や減税で物価高を緩和しようとしても、それが財政の悪化につながれば、金利はさらに上昇、債券安と円安が進む。政府と日銀が介入することもできるが、それは一時的な痛み止めに過ぎず、問題は解決しないままだ。
国民は物価高に苦慮している。それを軽減するのが政治の責務なら、政府はまず、円高を通じて輸入を、ひいては総供給を増やして、供給面から物価の安定に取り組む必要がある。そもそも、給付金や減税は需要の刺激につながるため、物価高対策にはならない。むしろ物価高を促すものであるから、やるとしても、対象を限定する必要がある。
それに、減税をやるなら、供給の刺激につながる企業向けの減税が望ましい。具体的には設備投資減税などであるが、最初は重点分野を絞るにせよ、徐々に対象を一律化したほうが理想的である。結局、どの産業が成長するかを選択するのは市場原理であるからだ。そして、減税を大規模にやるなら、歳出の削減とフルセットで行う必要がある。

■最弱通貨に躍り出た日本円
ドルは今年、FRBが利下げを行っていることや、トランプ関税に伴うドル不安を受けて、世界的に下落している。確かに、各国との間で関税交渉がまとまっていることや、そもそも米国の中でトランプ関税に対する違憲判決が出る公算が大きいことなどから、今年の春に比べると、トランプ関税に起因するドル不安は和らぎ、小康状態にある。
とはいえ、トランプ大統領の政権運営は不確実性の塊であり、その意味では世界経済は依然として、ドル不安の渦中にある。そのドルよりも円が売られている事実を、われわれはかなり冷静かつ厳格に受け止めなければならない。高市政権が発足して以降、急速に進んだ円安は、財政悪化懸念の高まりに伴う“悪い金利上昇”による円安だ。
少なくとも、金融市場は20兆円ともされる大型の補正予算が、日本経済を強くするとは考えていない。ゆえに、日本国債は売られ、円も売られる。地合いに応じては株式も売られており、典型的なトリプル安、つまりは“日本売り”が生じている。政府及び日銀は、現状を冷静に受け止め、可能な限り早く軌道を修正すべきではないだろうか。
状況を楽観視し、対応を遅らせれば遅らせるほど、金融市場は牙をむき、景気を強く圧迫することになる。高市首相のバランス感覚、調整能力に期待したいところである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
