プロ野球の観戦チケットの価格高騰が話題になっている。値決めのコンサルティングサービスを手掛ける「プライシングスタジオ」代表の高橋嘉尋さんは「背景のひとつとして、価格変動制のチケット購入システム『ダイナミックプライシング』の導入があげられる」という――。

■「1万2000円→500円」まさかの値下げのワケ

同じプロ野球のチケットでも、「高くてもすぐに売れる席」と「値上げで客足が遠のく席」があるのはなぜなのでしょうか?

たとえば横浜DeNAベイスターズが販売した、一人あたり2万5000円の高額シート。最大8人で利用でき、価格は1組20万円から。驚くような価格にもかかわらず、法人を主なターゲットとしたこの席は、販売開始からわずか3日間で160席の申し込みがありました。

一方で、東京ヤクルトスワローズが神宮球場の外野席を1万2000円で販売したところ、想定よりも売れ行きが伸びなかったのか、当日にはまさかの500円にまで値下げ。SNSでは「ぼったくりだったのか?」「この差って何?」といった反応が相次ぎました。

こうした価格の“落差”は何を意味しているのでしょうか?

プロ野球観戦が「安くて気軽な娯楽」だった時代から、「価格に差がつくプレミア体験」へと変化しつつある中で、球団側は試行錯誤を続けています。単に「高いか安いか」ではなく、そこには野球ビジネス特有の構造と戦略が関係しているのです。

写真=iStock.com/Geobacillus
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Geobacillus

■野球は「キャパシティビジネス」

プロ野球の球団経営は、基本的に「キャパシティビジネス」です。つまり、「限られた座席をいかに埋めて、どう単価を上げていくか」が、売り上げを左右します。

どんなに熱心なファンがいても、球場のキャパシティは物理的に限られています。たとえば神宮球場であれば約3万人弱。それ以上はどう頑張っても入りません。だからこそ、まずは「満席にすること」が収益最大化の第一歩になります。

ある程度コンスタントに席が埋まるようになると、次にやってくるのは「売り上げが頭打ちになる」という壁。観客数をこれ以上増やせないなら、売り上げを伸ばす手段は単価を上げることしかなくなるのです。

しかしここで単純に一律で値上げしてしまうと、「高いなら行かない」というファンが離れてしまい、客足が鈍る。結果、席が空き、収益も落ちる……という本末転倒の事態に陥ってしまいます。

だからこそ今、球団は「どの席を、どのタイミングで、どの価格で売れば、納得して買ってもらえるのか?」というきわめて繊細な価格設計を求められているのです。

■ダイナミックプライシングは「実験段階」

こうした複雑な価格設計を支えるために、近年、多くの球団が導入し始めているのが「ダイナミックプライシング(DP)」です。

DPとは、AIを活用し、試合日や対戦カード、天候、座席の場所、イベントの有無など、さまざまな要素をもとに需要を予測し、価格を変動させる仕組みのこと。ホテルや航空券、テーマパークなどでもすでに使われています。

神宮球場の外野席に設定された「1万2000円」という強気の価格も、おそらくこうした仕組みによる価格の実験だったのでしょう。

AIが過去データなどをもとに、「この条件なら売れるかもしれない」と判断し、高めの価格を算出したものの、ふたを開けてみると想定ほど売れなかったという状況が推測されます。

このとき、AIは「次に活かすための学習」を続けている一方で、現場の人間が「このままだとマズい」と判断し、急きょ500円まで大幅に値下げした――。そう考えるのが自然です。

しかし、ここで問題が起こります。

消費者の視点では、「さっきまで1万2000円だったチケットが、当日500円って……」という大きな違和感が生じるのです。

「じゃあ最初の価格はなんだったのか?」「もしかしてぼったくりだった?」という不信感にもつながってしまいます。

実は、値上げだけでなく「値下げ」も非常に難しい行為なのです。

価格には常に意味や理由が求められます。ただ安くするだけでは、信頼も、ブランド価値も失いかねません。

■なぜ2万5000円の「高額チケット」が売れるのか

AIによる価格調整も進んでいますが、結局のところ価格戦略の原点は非常にシンプルです。

それは、「誰に」「何を」「いくらで」売るのか――という問いに、どれだけ真剣に向き合えるかです。

たとえば、横浜DeNAベイスターズが販売した「AKT エグゼクティブBOX」というプレミアム席。1組最大8人で20万円以上、一人あたり2万5000円という高価格にもかかわらず、販売開始から3日間で160席の申し込みがありました。

画像=プレスリリースより

なぜそんなに高くても売れたのか?

理由は明確で、「高くても払える層に、見合う価値を設計していた」からです。

この席には、中央のテーブルを挟んだ座席配置、電源タップや送風機・暖房器具などの快適設備、さらには選手が実際に使っていたバットのグリップエンドを使った収納の仕掛けなど、熱心なファンや法人ニーズに刺さる要素が詰まっていました。

つまり、「高いチケット=悪」ではないのです。大事なのは、誰に対して、その価格に見合う体験価値を提供できているかどうか。

逆に言えば、ターゲット不明確なまま価格だけ吊り上げても、「その価格で買いたいと思う人がいない席」が生まれてしまいます。プロ野球のチケット価格問題は、「価格設定の失敗」ではなく、ターゲット設計と価値提供のズレという根本的な問題を突きつけているのです。

■トレンドに流されず、顧客理解に立ち返るべき

ダイナミックプライシングはたしかに魅力的です。需要を予測して価格を変動させる仕組みは、球団にとって売り上げ最大化の可能性を広げてくれる技術です。

しかし、DPはあくまで「ツール」に過ぎません。最も重要なのは、その価格が誰にとって適正なのか、という顧客理解です。

観客はみな同じではありません。ファミリー層、法人、熱狂的なファン、ライト層、仕事帰りのビジネスパーソン――それぞれ「払える金額」も「求める体験」も異なります。

だからこそ、まずやるべきは顧客ごとに「許容される価格帯」と「求める価値」を把握することです。そのために有効なのが、価格感度調査や顧客インタビューといった地道なマーケティングリサーチ。こうした「生の声」をもとにサービス設計を行い、価値と価格のバランスが取れたパッケージをつくることが、価格戦略の本質です。

たとえば、AIを使わずとも、客層別に数パターンの価格をあらかじめ設定しておく「ルールベース型DP」でも、十分に効果を発揮するケースは多いでしょう。顧客のことを理解した上での値付けだからこそ、納得感が生まれやすいのです。

DPの活用はもちろん大事ですが、それは「顧客理解」ができていることが前提。流行の仕組みだけを追いかけるのではなく、もう一度、お客さんの顔をちゃんと見るところから始めるべきなのではないでしょうか。

写真提供=共同通信社
ヤクルト―広島戦を観戦するファン=2021年11月1日、神宮球場 - 写真提供=共同通信社

■忘れてはいけない「価格の本質」とは

外野席1万2000円が500円に。SNSで注目を集めたこの価格の乱高下は、球団の怠慢でも悪意でもなく、ある種の「挑戦」だったのかもしれません。

プロ野球ビジネスは、限られた座席というキャパシティの中で売り上げを最大化するという構造的な制約があります。だからこそ、チケットの単価をどう高めていくかは、どの球団も避けて通れない課題です。

その解として注目されるダイナミックプライシングも、導入すればすぐにうまくいくものではなく、「どの価格が、どの顧客にとって最適か?」という仮説と検証の繰り返しの中で精度が高まっていくのが現実です。

ただし、忘れてはならないのは、価格の本質は「顧客に納得してもらえること」。

高ければ満足、高くなければ不満、ではなく、その価格に見合う価値があると感じられるかどうかが、最も重要な基準です。

だからこそ、「誰に」「何を」「いくらで」売るのかという原点に立ち返り、顧客の声を丁寧に聞きながら、価値と価格のバランスを調整していくことこそが、今求められている戦略ではないでしょうか。

価格にはストーリーが必要です。プロ野球という娯楽が、もっと多くの人にとって心地よく、納得して楽しめる体験になるように。これからのチケット戦略には、「数字」だけでなく、「人」を見る視点が、より強く求められていくはずです。

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高橋 嘉尋(たかはし・よしひろ)
プライシングスタジオ代表取締役CEO
2019年、慶應義塾大学総合政策学部在学中に「価格1%の見直しが、企業の営業利益を約20%改善させる」ということを知り、その影響力に魅力を感じ、同社を設立。30以上の業界、100以上のサービスの値付けを支援している。著書に『値決めの教科書  勘と経験に頼らないプライシングの新常識』(日経BP)
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(プライシングスタジオ代表取締役CEO 高橋 嘉尋)