【岸田・新総理誕生】元通産事務次官が語る「日本再生の道筋」
私は第三の改革には「グローバリズム」と「イノベーション」が必要です。そして「文化」が大事だと考えます。この3つをどうするのかが「第三の改革」で問われている。
日本はどうすれば真のグローバリズムに貢献できるかが問われているということです。
物事には良くなるケースと悪くなるケースと両方ありますが、最悪のケースを想定して準備をしながら、最善のケースを目指して改革に取り組まなければいけない。
今回の新型コロナウイルスへの対応を見ても、ワクチンの普及、医療体制の整備でも最悪の事態を想定していない。できれば、良い方を期待していたのではないかと思います。でも、それでは社会の運営はできません。
─ 問題の根底は仕組みなのか、リーダーの意識の低さか、国民の意識の低さですか?
福川 リーダーも問題ですが、組織というのはリーダー1人では成り立たない。今は、政府全体の集約ができていないのが問題だと思います。
─ 総理が意識を持てば、改革はできる?
福川 できると思いますし、行政からリードすることもできるはずです。けれども、今はそれをやろうとする空気がない。
─ 空気すら出てこないのは、なぜだと考えますか?
福川 「第二の改革」は成功し、日本は世界第二の経済大国になりました。わたしが通産省を辞める頃には、日本が世界第一の経済大国になるかもしれないという思いもありました。
表向きには議論はしていませんが、そうなったとき、日本はどう対応すべきか、それを想定していました。
いずれにせよ、絶えず、先がどうなるかを見て、行政をする、政治をすることが大事だと思います。あの頃は、自民党にも、そう考えて行動する政治家が何人かいました。
─ かつての政治家は国のビジョンを語りました。なぜ今、ビジョンを語る政治家がいなくなったのでしょうか?
福川 それは平成以降の30年近い停滞の結果です。人間、停滞期に入ったら、意識も発想も停滞するんです。
平成の30年というのは、日本が下降する時期でした。1989年が平成元年で、それ以降、日本はバブルが崩壊し、停滞に入ってしまいます。
それは、経済政策の誤りがあったと思います。
低迷の30年の要因
─ 具体的には、どんな誤りがあったと思いますか?
福川 政策判断が遅かったということです。まずバブル経済に対する対処が遅れた。引締めに転ずると、アメリカから「また日本は黒字を貯めようとしている」と言われるのを恐れた。バブルになったときも〝締める時期〟を失してしまった。
そして、バブルが崩壊し、景気が落ち込み銀行が潰れ、引き締めを緩和して、再建しなくてはいけないときも政府の景気回復策が遅れた。景気回復策を打つべきときも、産業拡大政策とアメリカに言われることを恐れ慎重になってしまった。
つまり、締めるのも、回復させるのも遅れたわけです。
その結果、財政が悪化し、金融も混乱した。さらに、バブルが崩壊したら次から次へと問題が出てくる。そうなると、イノベーションに対する政策も遅れてしまった。
平成の30年間、日本のイノベーション力、特にDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)といった分野に日本は完全に後れを取ってしまった。
アメリカは日本産業に苦しめられていた80年代、懸命にイノベーションに取り組んでいました。それが今のGAFAの躍進につながっています。中国も90年代に教育の仕組みを変えて、イノベーションに力を入れ始め、産業力を伸ばしていった。
