2月の半ば頃からだったと思う。私が電車に乗ると今までマスクを付けていなかった人たちがジロジロとこちらを見てからマスクを取り出し装着するという場面がしばしばあった。

【画像】著者の檀 廬影(だん いえかげ)さん

 近所を散歩していても同様で遊歩道から公園に入り、ベンチに腰掛けるとそばで子供を遊ばせていた母親がチラチラとこちらを見てから何気ない素振りでその場を離れていった。ただ道行く私を訝し気に見て煙たそうな顔を向けてくる中高年の人も増えた。

 私は堂々と胸を張って知らん顔をしていたが内面では重たいパンチを食らってクラクラとし痛みすら感じられないような状態になった。皆悪気はないのだろう。しかしコロナ騒動が始まって以降のこういった体験は幼年期の記憶を痛烈に呼び起こすこととなった。


幼少期の檀廬影さんと檀さんの母(本人提供)

「ウンコマン汚えから近寄るな!」幼少期、私が浴びた罵声

 時計の秒針は一気に20年分遡り2000年ごろの日本に戻ってしまったかのような感覚であった。私は幼少期「ガイジン国に帰れ!」「ウンコマン汚えから近寄るな!」等の罵声を幾度浴びせられてきたかわからない。そう言ってくる相手全員誰であろうとこの肉体でぶつかっていった。ほどほどでやめて向けた背に悔し紛れに再び暴言を吐いてくる相手に容赦はしなかった。

 今思えば相手の親に訴えられなかったのが不思議なほどである。言葉の暴力も物理的な暴力も同等であるというのが幼少期からの持論であった。

 小6になると殴り合うのも虚しくなってやめた。自分の中で何かが壊れるのがわかった。真っ暗闇の中に精巧な時計の部品がパラパラと降り注ぐような感覚で、この時、現実感喪失症を発症し思春期はアル中として過ごすことになる。

 幼少期にアイデンティティの形成に失敗したまま大人になった人間の人生は世間の考える以上に筆舌に尽くし難い厳しいものがあるように思う。自分が人間に思えず透明人間か幽霊のように感じられ絶望感と無力感に支配されこの意識を生き続けてきたが、我ながらよく完全な狂人や犯罪者にならずにすんだと、それだけは大変な幸運に恵まれていたと思う。

突然男5人に囲まれ……十代の頃の出来事

 十代終わりのある朝、歩いてコンビニに行った帰り道、銀色のセダンが勢い良く私の目前に停車した。車からバタバタと5人の男が出てくると唖然としてる私を取り囲み警察手帳を見せながら「在留証明書を出しなさい」と責め立てるように言った。

「持ってませんよ」「じゃあ外国人登録証は?」「俺日本人だからどっちも持ってませんよ」「だったら身分証を出しなさい」と強い口調で訝しげな顔をして言った。

 私は彼らに圧倒され言われるがまま財布から運転免許証を取り出して見せると、5人の警官は私の運転免許証を回して確認して困ったように笑うと「君が紛らわしい風貌をしてるから」と言いながら免許を返し言葉を失って動けなくなった私から逃げるように足早にその場を去っていった。

 家に帰ると私は悔しくて泣きながら強い酒をあおった。そして私はもはや国も人間性も失い自殺衝動だけがリアルに感じられた。強い酒を飲みながら、「もしも次に職務質問を受けたらその警官を殺そう」と決意した。「いや殺人を犯す前に自殺しよう」。頭の中でいろんな人格の声が鳴り続けていた。

 病気とアルコールの影響で私は正気を失っていた。しかし不思議なことにその件があって以来、警官と行きちがっても誰一人として私に職務質問をすることはなくなった。

 思えば私は日本社会を生きる「在留証明書」を持っていないのかもしれない。日本生まれ日本育ちで日本語しか話せなくともこの社会に自分の居場所はないと感じ、日本人であるという自負は感じられない。これが私の現実である。 

 ジョージ・フロイド氏が殺されると、今度は道行く人々に見られる回数が格段と増え、コロナ騒動が勃発した時とは打って変わって私をじっと見つめ、悲しげに力なく笑い小さくうなずいて励ますようにして通り過ぎる人が多々あった。私は子供の頃からよく自分がわからなくなった。 

(私は誰だっけ? 死んだんだっけ? ああ日本に生まれた黒人ハーフか) 

 日本人にとって私は黒人の投影的存在なわけだ。すると私は日本人の黒人に対する窓口であるような滑稽な、しかし私にとっては現実的実感を持ったイメージを抱かずにはいられない。 

大坂さんや八村さんを叩く人は、幻想に陶酔したいのではないか

 現在ブラック・ライヴズ・マター運動(以下、BLM)への支持を表明しているテニス選手の大坂なおみさんやバスケットボール選手の八村塁さんに対し、SNS上で反発する声があがっている。

 大坂さんや、八村さんのような好青年がなぜあんなに叩かれているのか不思議でならなかったが、ある一つの考察をしてみると、きっと彼らを叩くようなタイプの人々は日本には差別はなく、文化的にも歴史的にも経済的にも完全に近く優れた国家であるという幻想に陶酔しているのではないか? 

 そこで彼らがBLMを叫ぶことによって「まるで日本に差別があるみたいじゃないか」という感情を抱かせ自らの抱く日本の良い面だけのイメージを壊し、見たくない部分に目を向けさせられる元凶として無意識的に嫌悪感を抱き攻撃してしまっているのではないだろうか? 

 コロナ騒動の最中にデモに参加したりデモを推奨するなど言語道断という意見も多くあるようだが、そう訴える方々はもしも自分や自分の親や子、愛する身近な人々がいつ差別主義者の放った凶弾に倒れるともわからない社会に暮らしていたとしても同じ意見になったか今一度考えてみていただきたい。  

 それはフェミニズムやLGBT、障がい者等の差別にも言える事で、相手が誰であろうとたとえ考えが違ったとしても自分がもしも当事者だったらどうだろうか?とみんなが想像をすること自体に大変な意味があり、それは最も人間的な精神生活であり、それが達成された暁には世界の諸問題の大半が解決してしまうのではないだろうか。

日本社会は混血児を社会の片隅に隔離してきた

 戦後長きにわたり日本社会や日本のメディアは混血児を芸能界やスポーツ界に押し込めることによって社会の片隅に隔離してきたように思う。  

 その尾をまだひきずっているというのが私の実感である。なぜなら初対面の人は大概私を見て「スポーツは何をやってたの?」「いや何も」と言うと「もったいない」と言われるやり取りを幾度となく繰り返してきた。品のない人になると「股間が大きくてセックスが強いんだろ?」とか「薬の売人だったんだろう?」などと平気で言う。 

 一言で言ってしまえば生まれながらにカタギではないわけだ。昭和時代、いつか誰かが「ハーフと在日は芸能人になるかスポーツ選手になるかヤクザになるしかない」と言ったという記事をどこかで読んだことがあるが、これは極端な言い方だとしても実際にそれくらい苛酷であったと想像するに難くない。  

 ほとんどの日本人は自らを単一民族と信じて疑わない。これは当然学校で詳しく教えないからであり、一言に日本人といっても大陸から渡った人もあり南方からも北方からも入り乱れ実際には多民族の混血であると、子供の頃からそういったことをよく教育し、感覚を教えていかなければ、日本人はいつまでたっても本当の意味での多様性ということを理解し知覚できないんじゃないだろうか。  

 もはや誰が良い悪いなどという問題ではなく、事なかれ主義や臭いものに蓋をして村八分にする日本古来より続く悪癖は次世代の日本人や日本文化の発展の為に捨てなければならない。  

 しかし私は日本の文化や土地や勤勉な日本人が好きである。私という人間はあるいは失敗作かもしれないが、私が好きな日本がより美しい国になることを願ってやまない。  

(檀 廬影)