【酒井政人】アシックスとミズノが“ナイキの厚底”に勝てない「致命的な理由」 結局、東京五輪には間に合わない

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魔法の靴に“疑惑の目”

ニューイヤー(全日本実業団)、箱根、都道府県。1月に行われた男子の主要駅伝では大会記録と区間記録が連発した。その原動力と噂されているのが、「ナイキの厚底シューズ」だ。

シューズが100g軽くなると、マラソンのタイムが3分近く縮まるという研究データもあり、レース用シューズは「薄くて軽い」が常識だった。少しでも軽くすることで、エネルギー効率を高めることが優先されてきた歴史がある。

ナイキ『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』

その流れのなかで、ナイキは軽量化以上に、推進力UPと着地のダメージから脚を守ることにシフトチェンジ。反発力のあるカーボンファイバープレートを、航空宇宙産業で使う特殊素材のフォームで挟むという「厚底シューズ」を完成させた。

そして2017年に本格登場した同シューズは世界のメジャーマラソンを席巻している。

2018年9月のベルリンでエリウド・キプチョゲ(ケニア)が従来の世界記録を1分18秒も短縮する2時間1分39秒という驚異的なタイムを樹立。昨年10月のシカゴではブリジット・コスゲイ(ケニア)が従来の女子世界記録を1分21秒も塗り替える2時間14分04秒をマークした。

そんな、マラソンに革命をもたらした“魔法の靴”が今、陸上界を大きく揺るがしている。一部から“疑惑の目”をかけられたこともあり、複数の英国メディアが、ワールドアスレチックス(旧国際陸連)が新規則でソールの「厚さ」を制限する可能性が高いと報じたからだ。

いち早く反撃に出たアシックス

現在、専門家による調査が行われており、1月末に結果が公表され、3月中旬の理事会で何らかの回答が出るという。少なくとも理事会までは従来通りに使用できるし、制限されない可能性もある。

正月の箱根駅伝ではナイキの厚底シューズを着用した青学大が大会新で突っ走り、選手の着用率も8割を超えた。日本のマラソン・駅伝界ではナイキが「一強」と言える状況だが、この数年で大きく様変わりしたことになる。

筆者の学生時代(1995〜1998年)は、アシックスとミズノが二大勢力だった。箱根駅伝でもナイキの厚底シューズが登場する前の2017年大会では出場210人のうち、アシックスが67人(31.9%)、ミズノが54人(25.7%)。国産メーカーが過半数を占めていた。残りはアディダスが49人(23.3%)、ナイキが36人(17.1%)、ニューバランスが4人(1.9%)だった。

それが厚底シューズを投入して以来、ナイキはわずか3年でシューズシェア率を約5倍と拡大。他のメーカーは厳しい状況に追い込まれた。しかし、ここへきて国産メーカーのアシックスとミズノが反撃に出ようとしている。

まず、いち早く「厚底」に反応したのが、アシックスだ。

アシックス『メタライド』

アシックスは、昨年2月に『メタライド』という厚底タイプを発売。市民ランナーには好評だったものの、重量は305g(27cm)とナイキの1.5倍ほどあり、トップ選手がレースで履くモデルではなかった。

それでも『メタライド』で採用された、自然と重心が前へ移り、転がるようにラクに足を運べるような構造を『メタレーサー』と呼ばれているシューズにも導入した。

箱根駅伝で一矢報いたミズノ

アシックス『メタレーサー』のプロトタイプ(試作品)を履いたトヨタ自動車・大石港与がニューイヤー駅伝の最長4区を区間4位と好走。先頭争いを制し、トップでタスキをつないだ。一定の成果を残した『メタレーサー』は今年春の発売を予定している。

ミズノも今夏の新製品発売を目指して、同社のサイトに「本気の反撃」という予告ページを開設。ナイキが猛威を振るった箱根駅伝でも異彩を放った。

ミズノのプロトタイプ シューズ

区間賞を獲得した選手10人のうち9人がナイキの厚底シューズを履いていたが、最終10区で区間賞を奪った創価大・嶋津雄大は、メーカーのロゴも入っていない真っ白なシューズを着用。それがミズノのプロトタイプだったのだ。ミズノは箱根駅伝の協賛企業。文字通り一矢を報いたかたちだ。

嶋津は区間賞だけでなく、従来の区間記録を19秒も更新。2人を抜き去り、創価大に初めてシード権をもたらした。

筆者は嶋津の区間賞&区間新を全く予想していなかった。嶋津もナイキの厚底シューズを試しているが、「合わなかった」と今回はミズノのシューズを着用。その威力を最大限に生かした快走だったといえるだろう。

同シューズは短距離用スパイクの技術を応用。靴底のクッション部分に独自開発の硬いプレート(カーボンファイバーではない)を挟んだ構造で、高い反発力と推進力を得られるという。ナイキの厚底シューズに近い構造だ。しかし、ソールの厚さは一般的なシューズに近く、今年夏頃の発売を予定しているという。

それでも東京五輪には間に合わない

正月の駅伝で存在感を見せたアシックスとミズノだが、今夏の東京五輪に間に合うかというと、かなり厳しい状況といえる。なぜかというと、男子マラソンの有力選手で両メーカーを履いている選手は多くないからだ。

昨年9月に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(以下MGC)では、男子の出場30人のうち16人が、『ナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』を着用。東京五輪選考に絡むトップ3に入った中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)、大迫傑(ナイキ)を始め、上位10人中8人が同シューズを履いていた。

昨年のMGCを制した中村匠吾選手(Photo by gettyimages)

実はこの数年で有力選手が続々とナイキに履き替えている。

長年ミズノを愛用してきた佐藤悠基(日清食品グループ)はマラソン出場時にはナイキの厚底シューズを着用。アシックスでも「エース」といえる選手が“流出”した。2018年のジャカルタ・アジア大会の男子マラソンで金メダルを獲得した井上大仁(MHPS)だ。

2時間6分54秒(日本歴代5位)の自己ベストを持つ井上はアシックスの広告にも登場するほどの看板選手。東京五輪マラソン日本代表の有力候補のひとりだが、MGCでは完走した27人中最下位に沈んだ。

相当ショックだったようで、レース後は、「身体が動かなかった。理由は分からない」と首を捻った。MGCファイナルチャレンジの出場についても、「今は何も考えられない」と話すにとどめた。

しかし、井上はMGC後、ナイキの厚底シューズを履いて復活を遂げた。それどころか、以前よりも強さを増している。

次々と有力選手たちが流出…

井上は元日のニューイヤー駅伝でも、最長4区で17人抜きを披露。設楽悠太(Honda)が保持していた区間記録を22秒も塗り替えた。

MGCファイナルチャレンジは男女とも2レースずつ残っている。男子は3月1日の東京マラソンと同月8日のびわ湖毎日マラソンだ。

東京五輪代表を獲得するには日本陸連の設定記録(2時間5分49秒)を突破しなければならない。この設定記録は、大迫がナイキの厚底シューズで打ち立てた日本記録を1秒上回るタイムとなっている。

そのため、箱根駅伝と同様に東京とびわ湖でも、ナイキの厚底シューズを着用するランナーが多いと筆者は予想する。東京五輪を見据えての“戦い”とするならば、アシックスとミズノの「新兵器」は間に合わなかったと言えるだろう。

Photo by gettyimages

言わずもがなだが、ナイキは外資系企業。そのため、選手との契約に関しても、かなり詳細まで定めている。一方、日本メーカーはナイキと比べて、ザックリとした契約をしている印象がある。だからこそ、有力選手の流出が避けられなかった部分があるように思う。

ナイキの厚底シューズが爆発的な人気となったのは、そのモデルを履く選手が次々と記録を塗り替えていることが大きい。国産メーカーはナイキを履く選手たちを超える活躍ができる選手と契約しない限り、国内メジャーレースの?シェア?を取り戻すのは難しいだろう。

圧倒的なナイキのマーケティング戦略

森下広一、有森裕子、高橋尚子、野口みずき。近年の五輪マラソンでメダルを獲得した選手たちはアシックスを履いていた。世界のスーパースターだったカール・ルイス(米国)はミズノと契約していた時期もある。

ちなみに男子100mの日本記録保持者、サニブラウン・アブデル・ハキームはプーマと契約して、プロ選手になった。国産メーカーのライバルはナイキだけではない。

サニ・ブラウン選手はプーマと契約(Photo by gettyimages)

東京五輪を今夏に控えて、スポーツメーカーは商品開発だけでなく、有力選手の“争奪戦”も激化するだろう。つまり、スポーツの人気がボーダーレス化してきたことを考えると、ブランディングを図るには、世界的なスーパースターと契約を結ぶことがポイントになってくる。

一方、ナイキのマーケティング戦略は国産メーカーと比べて秀逸だ。たとえばMGC(協賛はアシックスだった)。ナイキは協賛しているわけではないので、MGCの名称を使って、広告を打つことはできない。しかし、ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%の新色「ピンクブラスト」の発売日をMGCの当日にぶつけてきたのだ。

前述した通り、男子選手の過半数が着用して、上位を占拠。センセーショナルな光景に大手メディアも飛びつき、厚底シューズに関する記事が多数掲載された。MGCでの“ピンク広告”の効果は絶大だったといえるだろう。

良いモノをつくれば売れるという時代は終わった。アシックスとミズノが逆襲に転じるには、まだまだやるべきことが多い。