“萌え袖”時代も…現役引退のロシツキー、そのキャリアを写真で振り返る

写真拡大

スパルタ・プラハの元チェコ代表MFトマーシュ・ロシツキーが12月20日、現役引退を発表した。

華奢な体格に類まれなテクニックと創造性を備え、「リトル・モーツァルト」の愛称で親しまれたロシツキー。

チェコ代表として活躍した彼も37歳となり、2016-17シーズンはわずか1試合の出場。今シーズンは11試合に出場し、9月10日のカルヴィナ戦ではゴールも記録していたが、プロ選手としてトップコンディションに持っていくことはもう難しいと判断し、スパイクを脱ぐことを決断した。

華麗なプレーで世界中のファンに愛されたロシツキーのキャリアを、写真で振り返ってみたい。

スパルタ・プラハ(1998〜2001)

ロシツキーは1999年、チェコの名門スパルタ・プラハにおいて18歳でプロデビュー。

UEFAチャンピオンズリーグではバルセロナ、そして後に在籍するアーセナルなどと対戦している。当時の背番号は25。

【次ページ】EURO2000

EURO2000

初の大舞台となったEURO2000では、グループステージのオランダ、フランス戦に先発出場。

開催国と世界王者を相手にいずれも1点差で敗れたものの、強豪相手に光るプレーを見せその注目度は一気に高まった。

【次ページ】ドルトムント時代

ドルトムント(2001〜2006)

2001年1月、当時ブンデスリーガ史上最高額の移籍金でボルシア・ドルトムントへ加入。

背番号10を与えられると、すぐに司令塔としてチームのフィット。2001-02シーズンには代表でもチームメイトのヤン・コレルらとともにブンデスリーガ制覇を成し遂げた。

優勝した年は坊主姿も披露。ドルトムント時代は柏木陽介ばりの“萌え袖”も印象深い(アーセナル時代もサイズは基本大きめだったが)。

【次ページ】EURO2004

EURO2004

2003年のバロンドール受賞者パヴェル・ネドヴェドを筆頭にタレントが揃い、優勝候補に推されたEURO2004のチェコ代表。

ミラン・バロシュというライジングスターも飛び出したが、準決勝で伏兵ギリシャの前に0-1で敗戦。涙を呑んだ。

【次ページ】アーセナル時代

アーセナル(2006〜2016)

2006年夏に移籍したアーセナルでは、10年間というときを過ごした。

退団したロベール・ピレスの背番号7を継承。怪我により全休したシーズンもあったが、アーセナルが誇る攻撃サッカーを持ち前のパスセンスで支えた。

古巣スパルタ・プラハとのCL予選でゴールを決めた際には、喜びを抑えるこんなジェスチャーも。

特に加入2年目となった2007-08シーズンは、セスク・ファブレガス、アリャクサンダル・フレブ、マチュー・フラミニとともに、アーセナル版“黄金の中盤”を結成。

運動量をベースとした若さ全開の攻撃的なパス回しにグーナー以外も心を躍らせた。

チームは序盤から首位を快走。しかし、2008年1月にロシツキーが負傷離脱したことで失速し、結局3位に終わった。

その年の夏にフレブ、フラミニがそれぞれバルセロナとミランへ移籍してしまい、カルテットは残念ながら1年での解散を余儀なくされている。

【次ページ】アーセナルでの初タイトル!

頼もしいチームメイト。手ごわいライバル。

アーセナルでは長くタイトルに無縁だったが、2014年にFAカップを制覇。決勝のハル・シティ戦では自身もプレーし、9年ぶりとなるクラブのタイトル獲得に貢献した。

【次ページ】そして…

そして2016年、惜しまれながらアーセナルを退団。セレモニーでは他の選手たちがロシツキーのユニフォームを着て彼をピッチへ迎え入れた。

ピッチで極上の音色を生み出し、世界のサッカーファンを虜にした小さなモーツァルト。

その豊かな旋律は今後も長く人々の記憶の中で響き続けるに違いない。