中村航輔(撮影:Noriko NAGANO)

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9日、北朝鮮と対戦した日本代表のゴールを守ったのは「異例」のデビューを飾った中村航輔だった。

6月の日本代表合宿で初招集され、わずか半年でゴールを守った。初招集のときは「川島(永嗣)選手、東口(順昭)選手ともにシュートを止める能力が高いと思いますが、自分も負けないようにやっていきたいと思います。統合的に勝負していきたい思います」と語っていたGKが、実際にシュートをはじき返し続けた。

では中村の何が「異例」なのか。まずデビューまでの期間が他の選手よりも圧倒的に短い。現在、日本代表候補として呼ばれている選手のうち、川島は2007年2月の合宿に初招集され、初出場したのは2008年2月だった。西川周作は2006年8月に初招集、初出場は2009年10月。

東口は2011年3月に招集され、国際Aマッチデビューは2015年8月まで待たなければいけなかった。権田修一は2010年1月に招集され、同月のイエメン戦でデビューしたが、ワールドカップを控えて日本代表Bとも言えるメンバーで、その次の出場は2013年7月となった。

日本代表のGKは、通常数年かかってデビューする。そんな中での中村の「出世」だった。そして過去の例を見ると、GKの入れ替わりは急に来ることもある。その典型的な例は川島で、2010年は1月から4月まで楢崎正剛の控えだったのが、ワールドカップ直前のイングランド戦に出場し、敗れはしたものの高い能力を見せ、そのままレギュラーに定着したのだ。

今の中村は6月に比べてゆっくり話すようになった。声には落ち着きがある。北朝鮮戦の出来については傲ることなく振り返った。

「チームとして結果を出したことが選手としてはアピールになったのかと思います。自分の仕事ができたと思います。難しい中でしたがいつもどおりのプレーを心掛けてそれができたと思います。ピッチに立つことが目標でしたから、それはよかったと思います。11月に外れたことは悔しかったですが、外れたからといって何か変えるわけではありませんでしたし、日々やって来たことを積み重ねていました」

12日の中国戦で中村が起用されるのなら、ますます中村の代表GKグループ内での立場は上がっていくことだろう。

【日本蹴球合同会社/森雅史】