港区であれば東京の頂点であるという発想は、正しいようで正しくはない。

人口約25万人が生息するこの狭い街の中にも、愕然たる格差が存在する。

港区外の東京都民から見ると一見理解できない世界が、そこでは繰り広げられる。

これはそんな“港区内格差”を、凛子という32歳・港区歴10年の女性の視点から光を当て、その暗部をも浮き立たせる物語である。

港区内で頂点を極めた者に与えられるキングとクイーンの称号。クイーンとなり、港区女子を卒業した凛子は、港区内での男の格差を目の当たりにする。




港区内遠征・芝浦アイランド


-2,620円。

タクシーのメーターに表示された金額を見ながら、ふぅ、とため息をつく。

凛子が芝浦まで来た理由はただ一つ。

元港区女子であり、元グラビアアイドルでもあるレイナの“ベビーシャワー”が芝浦アイランドのブルームタワーで開かれるとのことで、今日は柄にもなくその会に参加することになったのだ。

凛子はこの手の集まりが苦手だ。そして何より、場所を聞いた途端に行くのが更に億劫になった。

「芝浦アイランド?嘘でしょ。遠くない?」

港区内でも、芝浦アイランドは陸の孤島であり、“遠い”の一言に尽きる。同じ港区内にも関わらず、もはや冗談レベルの遠さだ。

しかし元々レイナは毎晩一緒に港区を徘徊していた仲であり、そんな彼女の妊婦姿を一目見たいという欲求に駆られ、渋々“行く”と返事をしてしまった自分がいた。

陸の孤島へ向かうタクシーに乗っている間、何度もつぶやいた。

「やっぱり...遠いわね。」

しかし、芝浦云々よりも、港区に住むママたちが集う会に参加したことの方が、よほどの判断ミスだったことに、この時はまだ気がついていなかった。


陸の孤島で死守される、女たちの微笑みの裏に隠されたプライド


狭い世界で生きる女たち


そもそも、凛子は女子会が苦手だ。

女子会すら嫌なのに、子供を産み、母になった途端に結束力を高め、仲良しこよし“ごっこ”をしている“ママ会”なんぞ恐怖でしかない。

彼女たちは“ママ会”と称して集まり、お互いの旦那を遠回しに値踏みし、見栄を張りながらも関係性を壊さぬよう、適当な会話を紡いでいく。

(しかし子供の受験が始まれば、“この手の集まりは崩壊する”とはよく聞く話だ。)

そんな上っ面な会に参加したくなかったのだが、昔のレイナを知っているだけに、どうしても“おめでとう”の一言を、きちんと顔を見て言いたかったのだ。

「凛子、来てくれてありがとう!美奈子も来てるよ。」

すっかりお腹が大きくなり、既に母の顔になっているレイナを見て不思議な感覚に陥る。

数年前まで夜な夜な西麻布に行っては、シャンパンを浴びるほど飲みながら将来どうしようかと思い悩んでいたレイナが、まさか母になるとは誰も想像していなかった。

「結婚しても、妊娠しても、やっぱり私は港区から抜けられないみたい。」

そう言ってはにかむレイナと昔話に花を咲かせていると、美奈子がホッとした顔でこちらに駆け寄ってきた。

美奈子とレイナがいくつかの言葉を交わしたあと、レイナは違う輪へと入って行った。彼女の後ろ姿を見送りながら、美奈子はぼそりとこう言った。

「凛子、ようやく来たね!もう、ここ息が詰まりそうで。」

そう言われ、“it’s a girl!”と書かれ、可愛くピンク色にデコレーションされた室内を見渡すと、また何か大きな違和感を覚えた。

-六本木界隈に住むママ達と、芝浦アイランドに住むママ達は何かが違う。




“謙遜しながら自慢する”のが女の美学?


全部で15人くらいだろうか。ベビーシャワーに集まっていたのは、レイナの元タレント仲間、同じマンション内の新しくできた妊婦友達、先輩ママ方など顔ぶれは様々だった。

しかし皆どこか、笑顔の裏に何かを隠しており、言葉の節々からトゲを感じる。

「レイナさんのご主人は、経営者だからいいわよね。うちは医者だから...」
「タワーマンションの上層階は、健康を害するって言うでしょう。だから我が家は“あえて”下層階に住んでるの。」
「どこの病院で産むのかしら?もちろん山王の個室よね?」

港区の中心部に住んでいるのは独身が多いせいもあるかもしれないが、意外に皆、他人に無関心。

中途半端ではなく、本当に優雅な生活を送っているため、そこまで他人と比較をすることもなければ、想像以上に皆ドライである。

「何だか、ここは世界が狭そうだね...」

美奈子と小声で呟く。

そもそもタクシー代が2,500円以上もかかる遠いところに来てアウェイ感を感じていたが、会話を聞いているうちに更に住む世界の違いを感じた。


何故そこまで港区にこだわる?芝浦アイランドvs世田谷区の一軒家


狭くてもいいから“港区”のアドレスが欲しい


「凛子は、今どこに住んでるの?」

「えっと...有栖川の方だよ。」

「さすが凛子、相変わらず港区が大好きだね。」

レイコにそう言われ、思わず返答に困り口をつぐむ。実は港区が大好きな訳でもなければ、こだわっている訳でもない。

たまたま立地的に便利な場所を選んだ結果、港区だった。慣れ親しんでいる街だから、長く住んでいるだけのこと。

結婚して子供が生まれたら、世田谷区の一軒家も良いかなと思っているくらいだ。

しかし芝在住でバーキンを持っていた子もしかり、少し港区の中心部から離れたところに住んでいる人に限って、何故か皆異様に“港区ブランド”にこだわっている。

「港区に、一体何があるんだろう。」

港区への憧れが、時として人を苦しめることもある、ということに彼女たちはまだ気がついていないのかもしれない。




その後も色々と質問され、興味のない他人の子供の話を聞き、すっかり疲れ果ててしまった。

会場を後にして外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

「凛子、どこかで夕飯食べて帰らない?」

美奈子の誘いにもちろん!と返事をしてみるものの、二人揃ってマンションのエントランスで立ち尽くす。

この界隈で、行きたいお店がないことに気がついたからだ。正確に言うと、この界隈のお店をどこも知らなかった。

「きっとこの界隈にも良いお店はあるのだろうけれど...中心部に戻ってから、ご飯にしようか。」

二人で頷きあい、気を取り直してタクシーを探そうと試みるが、そもそもタクシーが通らない。

「やっぱり、ここは港区の離島だわ...」

ようやく来たタクシーに二人で乗り込みながら、果てしなく上がっていく一方のタクシーメーターをぼうっと見つめていた。

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“ギャラ飲み”する女たち。そこに群がる男のダサさ。