【松本】記者席まで届いた怒りの声。一歩も引かなかった田中隼磨が伝えたかったこと
その怒声は、記者席まで届いた。
「ちゃんと見ていたんですか!」
声の主は、田中隼磨。メインスタンド側のタッチラインにいる線審に向かって、背番号3は怒りを露わにしていた。
すぐ側で、頭を押さえてピッチに倒れ込む岩間がいる。センターライン付近、走り込んできた相手とのすれ違いざまにひじ打ちを浴び、しばらく起き上がれなかった。
近くにいるのに、どうして見ていなかったのか――田中の表情は真剣そのものだった。怪我につながるかもしれないラフプレーが、どうしても許せなかった。線審だけでなく、主審にも、ひじ打ちをした相手にも、田中は強い口調で食ってかかった。
「あれは本当に……ダメなことは、ダメだから。みんな落ち着けとか言っているけど、明らかに、ひじが頭に強く当たっている。俺はそれを見ているから。それは主張しなければいけない。興奮していたわけじゃない」
また別の感情も、その胸中に渦巻く。なぜ、自分だけが強く抗議しているのか。「だから、俺ひとりだけ、ちょっと浮いているみたいな感じになって。それは違うと思う」。数で審判を圧倒したかったわけじゃない。チームとして、戦ってほしかった。
「名古屋やマリノスなら、チーム全員で抗議していたと思う。仲間がやられているんだから、それを助けるのがチームメイト。闘莉王とか、ボンバー(中澤佑二)とか、俊さん(中村俊輔)がそうやっている姿を見て、俺も一緒に抗議していたし。全員でやらないと。俺があれだけ言っているんだから、そこは感じてほしかった」
田中は自分の想いを、試合後には伝えたという。あれだけの怒りを表現するのは、田中にしては珍しいが、「自分に自信があったから」、一歩も引かなかった。
“正当な主張”は、裁く側にもちゃんと伝わっていた。
「俺も何年もサッカーをやっているし、その俺があれだけ言ってるんだから、審判も何かを感じ取ってくれたんだと思う。『見ていなかった』と、正直に言ってくれた。『隼磨さんがあれだけ言うから、何かあったと思いました』とも。それは俺も嬉しかった」
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チームのためなら、全身全霊をかけて戦い、どんな些細なことでも、手を抜かない。そのスタンスは今も貫かれている。
後半を半ばも過ぎた頃、松本が相手陣内に攻め込む。右サイドから田中も駆け上がる。結局、その攻撃はゴールにつながらなかった。田中にもボールが渡らなかった。プレーが切れた瞬間、田中は攻め上がった時と同じスピードで自陣に戻り、自分がマークすべき相手の近くにポジションを取る。
「テレビでは映らないところかもしれないけど、そういうプレーを俺がやることで、チームもついてきてくれれば。監督もそれを俺に求めていると思う。口で言うのではなく、背中で見せる。たとえ3-0になっても、それは変わらない」
相変わらずですね、と問いかけると、「あれがなくなったら、俺じゃないしね」と、さらりと言ってのける。
「まだまだ身体は動くから、続けていきたい。それが俺たちのスタイル。ああいう姿を見せるために、監督も選手を送り出している。ファンやサポーターも、それを見るためにスタジアムに来てくれているから」
華麗なサッカーではないかもしれないが、泥臭く、エネルギッシュに、最後の1秒まで、全力で尽くす。「俺たちには、俺たちのやり方がある」と言葉に力を込める田中は、強烈なリーダーシップで、チームの先頭に立って走り続けている。
取材・文:広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)

