なぜ、スガキヤは「1杯320円」で利益が出るのか

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外食における「ワンコインランチ」はすっかり定着したが、名古屋が本拠地の「スガキヤ」は1杯320円のラーメンで勝負している。なぜそんな低価格で利益が出るのだろうか――。

暖かくなったとはいえ、朝晩は冷え込む日も多く、ラーメンのような汁物が恋しい時季だ。もはや国民食ともいえるラーメンは外食店も多く、国内各地にラーメンを提供する店がある。その一方で、意外にも全国を制覇する大手チェーン店はない。

大手各社を調べると、福島県郡山市が本社の「幸楽苑」は全国に528店(2017年1月末現在)、東京都内に33店あるが、店舗展開は北海道から愛媛県までだ。埼玉県さいたま市が本社の「熱烈中華食堂 日高屋」は直営が396店(16年11月末現在)で、首都圏・北関東中心の展開。うち東京都内に約半数がある。幸楽苑は基本の「あっさり中華そば」を1杯421円(価格は税込。以下同じ)、日高屋は「中華そば」を同390円の低価格で提供する。

だが、名古屋地区で圧倒的勢力を持つのが「スガキヤ」(本社・愛知県名古屋市。正式店名は「Sugakiya」)だ。静岡県から兵庫県まで331店(派生ブランド含めて360店)を展開。愛知県には177店(同200店)もあり、同県内の幸楽苑21店をはるかに凌駕する。「ラーメン」320円は幸楽苑・日高屋よりも激安だ。なぜ、そんな低価格で300店超も展開できるのか。メディアへの露出が少ない同社の経営を分析したい。

■全売上高の2割が320円ラーメン

「320円で提供する『ラーメン』は赤い容器に入っており、通称『赤丼』と呼びますが、全売上高の約2割、麺類全体に占める赤丼の構成比は約4割となります」

こう説明するのは運営会社、スガキコシステムズ株式会社・取締役の菅木寿一(じゅいち)氏だ。創業一族の孫世代の同氏も、自宅近くにある店の味に親しんで育った。戦後すぐの1946年に開業した同社は、創業翌々年(1948年)にラーメンが加わり、店名が「すがきや」となった。当時は1杯30円。1950年代は70円、60年代は90円、76年から78年まで140円で販売した。近年は原材料などの高騰により、270円、290円、300円と小刻みに値上げして昨年3月から320円となったが、創業以来、庶民価格の店なのだ。

320円でラーメンを出せる秘訣は、麺を自社で一括製造するなど徹底してコストを見直した名古屋流経営の成果だ。

「そうした歴史もあり、お客様は当店に対して麺類300円台を求める傾向が強い。『味噌ラーメン』(430円)や『あんかけ温野菜ラーメン』(430円)など、季節限定も含めて400円台の麺類も揃えていますが、赤丼に比べると販売数は多くありません」(菅木氏)

全麺類が500円未満という低価格だが、400円台のラーメンを「スガキヤにしては高い」と感じるのは、ブランドイメージからだろう。この価格戦略は、かつての看板メニュー「290円ラーメン」を2014年に販売中止にした幸楽苑とは大きく異なる。筆者は同店も定点観測してきたが、現在、幸楽苑のメニューは税込600円台の麺類が中心。平日のランチタイムには600円台、700円台のセットも多いが、それ以外は麺類+サイドメニュー(たとえば餃子と半チャーハンで+475円)を頼むと、大半が1000円を超えてしまう。

実は、スガキヤの創業当初は店名がなく、甘党向けの店だった。いまでもクリームぜんざい(230円)、ソフトクリーム(レギュラー150円、ミニソフト100円)も看板商品で、全売り上げの約1割(夏季は約2割)を甘味が占める。万事に合理的な愛知県民は、外食にも「オトク感」を求める。ラーメンとソフトクリームを食べてもワンコイン(500円玉)ですむ手頃な価格が、スガキヤを支持する理由の1つだ。そんな名古屋らしさを象徴するのが「スガキヤまるごとミニセット」。ハーフサイズのラーメン+同サイズの五目ごはん+カップソフトクリーム+サラダがつく豪華セットだ。これを590円で提供するのも“愛知モーニング”感覚だろう。

■昭和時代から大手スーパーに積極出店

愛知県民にとって、スガキヤは子供の頃の思い出だ。いや同県民に限らない。先日、筆者は別の打ち合わせでメーカー勤務の女性(三重県津市出身)に会ったが、スガキヤの話をすると強く反応し、「昔、近くにあったのでよく食べました!」とうれしそうに語った。別の打ち合わせでは男性編集者(福井県福井市出身)が同じような反応だった。こうした反応を示す人が多いのには理由がある。中部地方限定だが、まだ「フードコート」なんて言葉もない昭和時代から、スガキヤはスーパー店内に積極的に進出していたのだ。

「初出店は1969年5月に開店した『ユニー大曽根店』(名古屋市東区。のちピアゴ大曽根店。2010年に閉店)で、好評を得て以来、各地のスーパーに出店させていただきました。買い物に来たお母さんが子供連れで来店してくださり、お子さんが成長すると友人と一緒に来たり、結婚して子供ができると祖父母・親・子の三世代で来られる方も多いです」(菅木氏)

筆者が大学入学前まで暮らした実家近く(徒歩5分)のスーパーにも、スガキヤは入っていた。いまは取材先企業に近い名古屋市内の店を時々利用するが、学校帰りの中学生や高校生も目立つ。前述した価格のため、「子供が成長して、最初に自分のお小遣いで外食する店」なのだ。こうした庶民性が同社の成長を支えてきたが、一方で現在「踊り場」を迎えている。

「最近はハイセンスな商業施設が増えてきました。そうした施設と、当社が『レギュラー』と呼ぶ従来型の店とはミスマッチになりかねない。ディベロッパー(商業施設)側からは『別の業態を開発してほしい』と言われることもあります」(菅木氏)

そのためアルコールも置いた「寿(す)がきや」といった別業態も開発したが店舗数は少ない。

現在はディベロッパー側も、施設の来店客層に合った店を選別する。それは業態から受ける一般的なイメージより、さらに細分化して検討するのだ。ある人気カフェは高品質の洋菓子も看板メニューだが、「アウトレットモールの中でも、客単価が高いブランド店が集まるエリアに出店してほしい」と要請を受けたという。

■関東地方から撤退した理由

かつてスガキヤは関東地方にも店があった。たとえば東京都内で唯一、同じ味が楽しめた高田馬場店は2006年9月で閉店。それから10年以上になるが再進出は果たしていない。

「出店戦略の一貫として見直し、関東地方から撤退したのです。もともとスガキヤは小商圏対応の業態で、愛知県内の店に象徴されるように商圏人口が4万人未満で成り立つビジネスモデルです。それが関東ではうまく機能しませんでした。黒字経営の店もありましたが、不採算店を閉店させると、残った黒字店もスケールメリットや材料供給の面でむずかしくなる。そうした総合的な経営判断をしたのです」(菅木氏)

冒頭で紹介した幸楽苑が愛媛県以西には展開していない点、日高屋が関東地方中心で「箱根の山」を越えない点と合わせて考えると興味深い。ラーメンは国民食の一方で郷土食でもあり、全国各地にご当地ラーメンがある。味のベースも基本の醤油味、味噌味、塩味、とんこつ味があり、さらに魚介だしや鶏ガラだしなど多岐多様にわたる。

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高井尚之 (たかい・なおゆき)経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(講談社)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。

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(経済ジャーナリスト・経営コンサルタント 高井 尚之)