学生の窓口編集部

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18日に放送された「八方陣内方正の黄金列伝」(読売テレビ)に出演したお笑い芸人の宮川大輔。

安定した人気を誇る宮川だが、ここまでくるには、紆余曲折があり、テレビ初登場となる奥さんのコメントを交えて、苦悩時代のエピソードを明かした。

18歳でNSCに入学。当初は役者志望だったが、周りがお笑い志望のために結局、お笑いをやる羽目になった。

そして、仲の良かった星田英利とチュパチャップスを結成。その後若手を集めた、「吉本印天然素材」に参加。若い人たちから支持を受け一躍人気を得た。

当時の年収は「多いときで年収880万円」と、20歳前後では大金を得て調子に乗っていたそうだ。

下積みなしで大ブレイクしたが、3年後には急降下。天然素材から、ナインティナイン、雨上がり決死隊などの中心メンバーが次々に抜けたことで、人気に陰りが出てしまった。

仕事がなくなりどん底状態で月に1回、渋谷のイベントに出演する程度。先輩芸人からは批判の声を浴びることになり、ついには相方の星田との関係もぎくしゃくしだし、口論が増えた。

その時期に、当時つきあっていた一般女性と結婚した宮川。星田とはうまくいっていなかったが、奥さんといるときは「自分を見直せた」安らいだ。

「金もなかった。どん底」の時代。月60万円あった収入が9,000円までになり、奥さんとフリーマーケットで家のものを全部売り払ってお金にしたと苦悩を明かした。

そして、テレビ初登場した奥さん。
25歳でお金もなかった宮川だったが「(結婚に対して)不安は全くなかった。売れるとか売れないとかなくて、なんとかやっていける。売れないというにはなかった。大ちゃんは、いつも自信があって任しておけ」と心から信頼。だが、収入面ではかなり奥さんに支えてもらったそう。

その後、27歳のときにチュパチャップスを解散し、再び役者を目指して舞台などにも出演。

紆余曲折はあったが、常に奥さんの「まーこさん」が支えてくれていたと語った。