雑誌の編集とはなんだろう(メカAG)
個人でやってきたことを集団でやるとなると、その組織の構造が重要になる。ソフト開発だって長年の試行錯誤で開発形態が形作られてきた。いまだ試行錯誤の途上だが。アニメはそもそも1人で作るのが難しいから、スタートが集団だったが、逆に技術の発達で個人で作れるようにもなってきた。マンガも少人数で描いている人が中心のようだけど、分業しているところもあるようだ。
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「NowThis News編集長、CNNへ移籍 人材流動性のある海外メディア」 2014年05月15日 『メディアの輪郭』
http://media-outlines.hateblo.jp/entry/2014/05/15/030308
上記のように能動的に記事を作っている人たちからすれば、既存の記事を取捨選別するだけのネットメディアは物足りないと思うのだよね。あ、この辺の話も全然本当のことは知らないので、単に俺が「もしかしたらこうなのかも」と想像しただけなのであしからず。
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いっその事、ソフトウェアのオープンソース開発のように、そういったプロセス(記事を生み出す仕組み)もオープンの場でやったら面白いのではなかろうか。まあ速度は遅くなるだろうけどね。長い時間かけて完成度を上げていくような記事。メディアにおいてそういうものが存在可能なのか・・・。これまではあまりそういうのはなかったよね。せいぜい映画とかのリメイクやディレクターズカットのような限られたものしかなかった。
ニュース記事というとやっぱリアルタイム性が重要になるから、コンテンツそのものをオープンソース的に大勢の人間が試行錯誤で作っていくのは向かないのかもしれない(でもこの方向も捨てきれないと思うけどね)。
でもコンテンツを生み出す「システム」をオープンソース化することは可能ではないだろうか。この手のジャンルの記事は、このグループがまず情報収集して、このグループが背景とかを調査し、このグループの専門家集団がコメントし、読者からの質問はこのグループがまず担当して、その後専門家集団に振り分けて・・・とか。
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紙の雑誌の場合、特集記事の作成過程がブラックボックス化されていた気がする。むろんそれがその編集長や編集部の資産であり、ノウハウを簡単に公開できないのかもしれないけれど、そういう部分こそネット時代に見直し、オープン化されるべきではなかろうか。
上記のような分業は、潜在的にはtwitterとかブログで行われてると思うんだよね。最初に話題を検知するセンサー的な役割の人、その発言にとりあえず簡単な説明を加える人、背景を調べる人、突っ込む人、ツッコミに反論する人。不足している視点を補う人。わかりやすくまとめる人。
まあ最後の「わかりやすくまとめる人」というのが狭義のキュレーションなんだろうけど、実際はこうした一連の役割分担が情報を処理するシステムとして機能しているわけだ。
いまのまま自然発生的な半秩序・半無秩序という状態も、それはそれで良いとは思う。ただ「メディア」としてなんらかの統合された機能を考えるなら、そういう部分の組織化(システム化)という方向になるだろう(俺はそういう流れが良いといってるのではないので、念のため)。
というか前振りが長すぎた。我ながら記事が長すぎ。
執筆:この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2014年05月26日時点のものです。
