雑誌の編集とはなんだろう(メカAG)
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で、どうなんですかね。ネットメディアもこれまでの受動的な役割から脱皮して、能動的、自らテーマを設定して取材し特集記事をクリエイトする…という方向を目指すんですかね。
「東洋経済オンライン佐々木編集長、ニューズピックスへ」 2014年05月21日 『朝日新聞デジタル』
http://www.asahi.com/articles/ASG5P4SXPG5PUEHF00F.html
キュレーションって俺は長らくフィルタリングとほぼ同義と考えていたのだよね。玉石混交の情報の海から有益な情報だけを選別し、それを集めて読者に提供するのがキュレーションなのだ、と。つまりひたすら受動的な作業。はたしてネットメディアで能動的な取材や企画ができるものなのか。
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紙のメディアが主流だった頃は、情報というのは座して待っているだけでは手に入らず、足でかき集めなければならなかったのだと思うのだよね。上述のように世の中にはひっそりと、すごいことをやってる人がいる。そういう人間を投稿をきっかけにしたり人づての情報網で探し出し、取材をするなり原稿を依頼するなりして、掘り起こす。それが紙の雑誌の役割だった。
しかしインターネット時代になって、情報も人材も、もはや埋もれてない。個人が自分で発表できるから、勝手に(マイナーかもしれないが)サイトを作って発表している。
なのでかつての重要な役割であった「埋もれた情報や人材を掘り起こす」というのは、現在ではゼロではないにしろ、かなり薄れたように思う。でもそれを「はいそうですか」と認めてしまうと、メディアの編集部の存在意義というのはなくなるんだよね。フィルタリングだってページビューで機械的にできたりする。人気のある記事=良い記事、と。
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逆に言えば編集部の役割がまだ残っているとすれば、ページビューでは表されない記事の価値によるフィルタリングだろうか。まあ、これは編集者や編集長に良い人材を集めれば可能だろう。なんだか人力でサイトを分類していたかつてのYahoo!を思い出すけど。
初期のYahoo!は、大量の人間を雇って、価値あるサイトを評価・分類して登録してたんだよね。まだGoogleとかない頃だから、ユーザーはYahoo!の情報をたよりに、こういう分野に詳しいサイトはここ、と探していた。インターネット上のサイトがそれほど多くなかったからできたことで、やがてこの方法はGoogleに駆逐されてしまったが。
同じように人力(編集者による)記事の選別は、現段階では結構価値があるだろう。記事の質を判断するのに検索エンジンにおけるGoogleほどは、まだ機械による判断は成功していない。将来的にどうなるかはわからないが(というか将来的には機械で置き換えられるだろう)。
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でも、そういう記事の選別にとどまらず、紙の雑誌の編集部が行っていたような特集記事の企画など、情報を自ら生み出す方向にもチャレンジするのだろうか。意気込みとしてはそうなんだろうけど、問題はそれが実現できるかだよね…。前述のようにいまや情報を掘り起こす必要性は、むかしほどではなくなっている。
配下の編集者やライターを動員し、外部への取材、外部への専門家へのテーマに沿った原稿依頼、そして特集記事を生み出す…これはもはや作品の製作。個人ライターが一人の力で作品を生み出す(ブログの記事とか)のに対して、組織として作品を生み出すわけだ。プログラムだって個人で作る人もいれば、大勢のプログラマを動員して組織で作ることもある。マンガやアニメだって。
