1989年に発生した「天安門事件」は、明日6月4日で21周年を迎える。中国のインターネットでは、「天安門事件」の検索が不可能な状態が続いている。

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 1989年に発生した「天安門事件」は、明日6月4日で21周年を迎える。中国のインターネットでは、「天安門事件」の検索が不可能な状態が続いている。

 天安門事件は中国で、発生日付を取って「六四」などと呼ばれる。中国の大手検索サイト「百度」を利用して、「六四」の文字でウェブ検索すると、ヒット数は26万9000件。しかし同事件に関係するサイトは見当たらず、「自室内で“六四”式拳銃を模造した6人に判決」など、「天安門事件」と関係のないサイトが並ぶ。なんらかの規制が実行されていることは、明らかだ(写真)。

 一方、中国大陸から撤退し、香港を拠点に中国人向けサービスを続けるグーグル(Google)の簡体字(中国大陸で使用の略字)版で検索すると、ヒット数は307万件。天安門事件を扱った「六四図片、資料」、「六四:天安門大屠殺的図片」など、89年の天安門事件関連のサイトが、ずらりと並ぶ。同ページ下にある「関連キーワード」部分でも、挙げられた10語はすべて、天安門事件関連だ。

 中国では、「天安門事件」を語ること自体が政治的タブーである状態が続いている。関連した「胡耀邦」、「趙紫陽」などの政治家に対する論評も「政治的に極めてデリケート」とされているが、現任の胡錦濤国家主席、温家宝首相らは、胡耀邦元総書記の「子飼い」ともいえる系譜に属し、温首相は胡耀邦総書記を高く評価する文章を2010年4月15日付の人民日報で発表した。**********

◆解説◆ 熱心な改革派として知られ、87年に辞任に追い込まれた中国共産党の胡耀邦元総書記が89年4月15日に死去。追悼デモが民主化を要求する大衆運動に発展して、学生らが北京市中心部の天安門前広場を占拠。李鵬首相(当時)への辞職要求の声も強まった。中国共産党・政府は6月4日に軍を投入して武力鎮圧。死傷者については、いまだに諸説がある。

 天安門前広場では1974年4月5日にも、同年1月に死去した周恩来首相を追悼する人々と当局が衝突。周首相追悼を、現政権批判と判断した当局側の弾圧だった。74年の事件を「第1次天安門事件」、89年の事件を「第2次天安門事件」と呼ぶことがある。(編集担当:如月隼人)



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