山本一郎さん

写真拡大 (全4枚)

--ライブドアを最初に山本さんが認識されたのは?

山本一郎氏(以下、山本) 元々人を介して、当時ライブドアの社長だった前刀さんをウォッチしていたのと、当時、投資先であった別の無料プロバイダをやっていた会社と付き合いがあった関係で、ライブドアの名前を知るようになりました。
 言い方は悪いですけど、あの頃は雨後の筍のように無料プロバイダが出てきたんですね。いまとなってはどうやって儲けるのか想像もつかないけど、みんな儲かると思って参入していた。ライブドアが日本でサービスを開始して4、5カ月経ったあたりでしょうか。そのときに、事業計画や上場するという話も含めて、投資のお話を頂いたんです。ただ、そのときはあんまり深いところまではお話しないうちに先方も大口の資金繰りができたとかで、具体的なところまではいきませんでした。
 ただ、ライブドアという会社が持つ、「ライブドア的なもの」の印象のほうが強かったですね。

--ライブドア的なものというと?

山本 オン・ザ・エッヂに営業権を渡す前のライブドアという会社自体が、野心的なベンチャースピリットを持っている社風でした。
 印象に残っているのは、当時のマネージャーの方の「ライブドアはただの一ベンチャー企業ではない」という非常に強気な発言です。僕自身、あのころは駆け出しも同然だったけど、投資業務やコンサルティングなど、いろいろな仕事でネット業界に関わっていたこともあって、この業界はどっちに転ぶかわからないという感触でした。いけるかいけないか、誰にも分からない。そんななかで、ライブドアはとにかく自信満々だったわけです。

 彼らが何でそんなに自信満々だったのかは、よくわかりません。ただ、自分たちの仕事の内容やクオリティ、インフラの上に流れるコンテンツ、ウェブサービスなど、さまざまなものをつなぐ拠点として、インフラだけを提供している他のプロバイダとは違うんだ、という非常に強い誇りを持っていましたね。何度か関係者のホームパーティーに伺いましたが、凄まじい熱気だったのをよく覚えています。ただ、結果として事業自体は必ずしも成功したとは言いがたかった。
 それがさまざまな経緯で、ライブドアがオン・ザ・エッヂに引き取られていく過程は、横で見ていても「すごいことになってきたぞ」と。社名がオン・ザ・エッヂからライブドアに変わって、「とうとうライブドアがオン・ザ・エッヂの傘下に入ったんだ」と思いましたね。

--驚かれましたか?

山本 驚くというか、この一件は僕の中で2つの意味合いがありました。ひとつは、あんなにライブドアは自信満々だったのに、結局身売りかよ、ということ。でもある一方では、あの堀江さんの下に行くわけだから、行くとこに行くんだな、と。
 当時、プロバイダサービスを提供していたゼロという会社が、オン・ザ・エッヂと一緒にライブドアを買収しよう、という話があったようなんです。でも、堀江さんが自分だけで先に買収しちゃった。堀江さん自身は「昔のことは覚えてねえ」みたいな感じでしたけど、周囲で業界を見ていた投資グループは、オン・ザ・エッヂがゼロをかわしたようだ、一緒にやらないのか、と思ってましたね。
 非常にダイナミックな、業界に気概がある時代に、あの自信満々だったライブドアっていう無料プロバイダの会社が、諸般の事情を経て、オン・ザ・エッヂに流れていく様子は、体感としては面白かったですよ。

続きはlivedoor 10周年記念スペシャルインタビュー「きっかけはlivedoor 2009」