大切な人が認知症になったら、どうすればいいのか。認知症専門医の繁田雅弘さんは「どんな言葉をかけるかが重要だ。周りはどうしても『認知症だからわかってない』と決めつけてしまうが、本人にとっても忘れていくというのは大変な恐怖だ」という――。

※本稿は、繁田雅弘『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)の一部を抜粋・再編集したものです。

■忘れていくのが怖い

「忘れていく」というのは、大変な恐怖であると思います。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

ある家族がこんな話をしていました。

認知症になったお母さんが娘さんの名前を思い出せなくなっていた。そのことに対して、「なんで思い出せないの?」と繰り返し責めてしまったそうです。

そのときふと、お母さんが、「私は一番忘れてはいけないことを忘れてしまったね、ごめんなさい」とつぶやいたと言います。

娘さんは、「この言葉を母に言わせてしまった。こんなに私、責めちゃったんだ。もうどうしようもない」と、号泣したそうです。

このころのお母さんは、よく「悔しい、怖い、恥ずかしい」と口にされていました。娘さんは「その気持ちにもっと寄り添ってあげればよかった」と、後悔していました。

家族はどうしても、「わかっていない」と決めつけてしまいます。

医療も福祉も、私たちは認知症の人の能力を、長年にわたって過小評価してきました。

我々の想像よりずっと、「わかっている」と思って話すくらいがちょうどいいんです。

■「自分」ではなくなっていくような恐怖

本人は自信を失っています。

積み重ねてきた人生、尊厳を、すべて否定されてしまうような気がします。

「自分」じゃなくなっていくような感覚といいましょうか。

道を歩いていると、ふと、自分が今どこにいるのか、どこに向かっているのかわからなくなる、そういう意味の「怖い」もあります。

「思い出せない自分が怖い」という恐怖もあります。

その気持ちに寄り添うだけでも、きっとその人の「恐怖」は和らぐでしょう。

診療所に来た方が「忘れちゃうのよね」と言うので、「でも嫌なことも忘れちゃうんだからいいじゃない」と返したら、「そうね」と笑いました(もちろん、相手を見て「忘れることはつらい」と共感すべきときもあります)。

いいことも忘れるけど、嫌なことも忘れられる。

「じゃあ『いいこと』はできるだけ周りから教えてもらおう」と約束しました。

認知症の人は「自信」を失っています。「恐怖」を抱えています。その気持ちに寄り添い、 「それでもいいのだ」と伝えてあげてください。

■姥捨山があるなら、今すぐ行きたい

「姨捨山」と聞くと、貧しい家の息子が食い扶持を減らすために、嫌がる親を泣く泣く、山奥に捨てに行く話だと思っていませんか。

『楢山節考』(深沢七郎)を読むと、老いた母が「自らすすんで」山に行く様子が描かれ、物語に深みを与えています。石でわざと自分の歯をくだき、「私はこれでもう食べられない。だから山に連れて行っておくれ」と、本人から子に言い出すのです。家族のために自分から身を引き、自ら「死」を望んでいます。

写真=iStock.com/Kobus Louw
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kobus Louw

認知症の人は「消えてしまいたい」と言います。「姨捨山があるなら行きたい」とも。

誰だって皆、「死にたい」という気持ちを抱いたことがあるはずです。でもきっと、口に出さないで心に留めている人が大半でしょう。

認知症の人は、なおさらです。家族は「そんなこと言っちゃダメ」と言いながら、責めるでしょうから。

■娘が認知症の母にかけた一言

ある85歳の女性は、数年前に夫を亡くして以来、ガスの火を消し忘れたり、近所で迷子になったり、「あれ?」と思うことが増えていきました。

繁田雅弘『認知症になって幸せな人、不幸せな人』(PHP研究所)

アルツハイマー型認知症の診断を受けましたが、最初から本人も、同居する娘さんも「薬は飲まない」と決めていました。

「忘れたってかまわない。忘れっぽいことを改善するより、よりよい関係をつくりたい」と娘さんは言いました。

薬を飲まないことで、認知症は進行しました。検査の点数が下がったことが、その証拠です。

確かにもの忘れは増えたけど、心穏やかに読書などの習慣を継続していました。デイサービスで参加を希望するプログラムが増え、表情が豊かになり、目の動きがよくなりました。

ある日診療の場で、娘さんが「もの忘れをしても、私が覚えているから安心して」と母親に言いました。

母親は、「私は幸せです」と語りました。

写真=iStock.com/Keeproll
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■認知症になって幸せな人、不幸せな人

私自身、父や母への介護を振り返っても、とてもじゃないけれどこんなに穏やかではいられませんでした。認知症の専門医であっても、自分の親には「理想通りの介護」などできませんでした。

娘さんは就職を機に海外で暮らしていたそうです。その距離感が、家族でありながら、適度な関係性を生み出してくれたのかもしれません。

「私が覚えているから安心して」という言葉には、多くのことを学びました。

「忘れたってかまわない。母との時間を実りあるものにしたい」と思える家族は幸せでしょう。

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繁田 雅弘(しげた・まさひろ)
認知症専門医・精神科医
栄樹庵診療所院長。メモリーケアクリニック湘南名誉顧問。1983年東京慈恵会医科大学卒業。1992年スウェーデン・カロリンスカ研究所 研究員を経て、2003年東京都立保健科学大学精神医学教授、2005年首都大学東京 健康福祉学部学部長、2011年首都大学東京 副学長、2017年東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、東京都立大学 名誉教授。2024年東京慈恵会医科大学名誉教授。生家を改装し、『安心して認知症になれるまち』を育む目指す活動拠点の「SHIGETAハウスプロジェクト」代表。著書多数。
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(認知症専門医・精神科医 繁田 雅弘)