(※写真はイメージです/THE GOLD 60編集部)

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連休前の「子どもが帰ってくる」という知らせを、手放しで喜べたでしょうか。かつての現役時代なら嬉しさしかなかったはずの帰省が、リタイア後、なぜか「モヤモヤ」とした不安に変わってしまう……。そんな経験を持つ人は少なくありません。本記事では義男さん夫婦の事例とともに、退職後の家計の言葉にできない不安について、FPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事の事例は複数の相談をもとに、プライバシー保護のため脚色を加えています。税務・法務等の個別判断は各専門家にご相談ください。

37歳次男の久しぶりの帰省連絡

「久しぶりに帰るよ」

去年のゴールデンウィーク前、山田義男さん(仮名/67歳)のもとに次男の健二さん(仮名/37歳)から連絡がありました。健二さんが家を出てから10年。帰省は年に1回あるかないかで、ゴールデンウィークに帰ってくるのは珍しいことでした。義男さんも妻の和子さん(仮名)も、次男の帰省を素直に嬉しく思いました。

義男さんは2年前に退職し、いまは夫婦合わせて月21万円ほどの年金で暮らしています。現役時代に比べれば収入は大きく減りましたが、「二人で贅沢しないならなんとかやっていける」そんな感覚を持っていました。

GW初日、健二さんは大きなリュックを玄関に下ろし、「腹減った」と笑いました。和子さんはさっそく好物の唐揚げをつくろうとスーパーに向かいます。買った鶏肉は1kg弱。普段の夫婦二人の生活なら3日ほどもつ量でした。

GW4日目、小さな違和感

健二さんは帰省してからというもの、夜遅くに寝て、昼前に起きだしてくる生活。リビングのソファに横たわり、食事の時間になると黙ってテーブルにつき、食べ終わるとまたソファに戻ります。視線はいつもスマホに向いていて、親を気遣うでもなく、会話をするわけでもありません。

「連休なのだからゆっくりすればいい」

義男さんも最初はそう思っていましたが、生活のペースが乱れるにつれ、違和感を覚えはじめました。

夫婦二人なら消費期限間近のパンや惣菜で済ませていた昼食も、健二さんがいると「ちゃんとしたもの」を出さなければと思います。買い物の回数も量も増え、ときには外食に連れ出します。洗濯物も増え、家事にかける時間はいつもの倍以上に。やたらと冷蔵庫の中身が増えて、減るのも早い。暮らしのなかの他愛ない変化でしたが、義男さんは妙に心がざわつきました。

9日目、Uターンラッシュのニュースを横目に

滞在9日目の朝、テレビのニュースでは「Uターンラッシュが始まりました」と報じていました。義男さんは健二さんに尋ねます。

「今日あたり帰るのか?」

返ってきたのは「んー、もうちょっとゆっくりしようかな」という気の抜けた返事。パジャマ姿で寝転ぶ健二さんに、帰る気配は一切見えません。(まさか、帰らない気か? このまま帰らなかったらどうしよう……)と義男さんは不安に駆られてしまいました。

結局、健二さんが荷物をまとめたのはGW最終日。11日間の長い帰省でした。「じゃあね。ありがとね」と去っていく次男を見送ったあと、和子さんはぽつりとつぶやきました。

「……疲れたわね」

義男さんも深く頷きます。義男さんは、お金のことをうるさくいいたくはないと思いながらも、この11日間でいくら使ったのか、と気が重くなりました。

取り崩し期に入った家計の「見えない重し」

筆者は普段、現役世代を中心に家計設計の相談を行っていますが、リタイア前後の方からは「資産の取り崩し」に関する相談を受けることもあります。

資産の取り崩しには、独特の恐怖を伴うものです。給与収入があったころなら気にならなかった出費が、急に重く感じられるようになるケースは珍しくありません。11日間、義男さんがなにもいえなかったのは、親としての優しさだけではなかったのでしょう。

現役時代は、多少の出費も「来月の給料で取り戻せる」「ボーナスがあるから大丈夫」と思えました。しかし年金生活では、昇給もボーナスもありません。貯蓄は、使って減ることはあっても、増やすことは現実的に考えると困難なケースが多いです。特に、予定していなかった支出に直面したとき、予定していた資金計画が大きく崩れたように感じ、不安が募りやすいものです。

義男さんが感じていた居心地の悪さの正体も、こうした切実な危機感だったのではないでしょうか。「お金のことは気にしたくない」という思いがあればなおさらです。不安を直視することは難しいのかもしれません。だからこそ「帰ってほしい」ともいえず、「いてもいい」ともいいきれず、11日間が過ぎていきました。

「暮らしの方針」がないと、判断ができない

では、義男さん夫婦はどうすればよかったのでしょうか。健二さんに「いつ帰るんだ」と迫っても根本的な解決にはなりません。夫婦に必要だったのは、自分たちの暮らしの方針を持っておくことでした。

・自分たちの暮らしで大切にしたいことはなにか。

・月々の生活費としてどのくらいの水準を守りたいか。

・家族への支援はどこまでと考えるか。

・年間の取り崩し額として、どの程度までなら安心でいられるか。

こうした基準がかたちになっていれば、それが判断材料になります。「ここまでは喜んで迎えるけれど、ここからは相談しよう」と自分の中で線引きすることができるようになるのです。ささいなことで不安に振り回される場面が減っていくでしょう。

こうした方針を書き出すツールの一つとして、筆者はエンディングノートをお勧めしています。エンディングノートというと「遺書」や「相続対策」をイメージされる人も多いですが、これからの暮らしをどうしたいかを整理するために使えます。元気なうちに、自分たちの希望を自分たちの言葉で書いておくことで、暮らしの舵取りを自分たちの手に取り戻す糸口となります。

取り崩し計画に「家族との距離感」を組み込む

老後資金の取り崩し計画を立てる際、多くの人は「年間いくら使えるか」「何歳まで資産が持つか」という点ばかりを気にします。しかし実際、計画を立ててその計画が破綻してしまう原因の多くは、「想定外の支出が繰り返されること」です。

なかでも家族への支出を含む交際費は、金額をコントロールしづらく、感情的にも断りにくいため、一度発生すると振り回されてしまう人が多いです。だからこそ、取り崩し計画のなかで交際費として許容できる金額をあらかじめ示しておくことには意味があります。

去年のGW、義男さん夫婦が不安を感じたのは、息子の長居そのものではなく、方針を持たずにモヤモヤを抱え込んでしまったことでした。

もし同じようなモヤモヤを感じたことがあるなら、まずは一つだけ考えてみてください。「これからの自分たちの暮らしで、いちばん大切にしたいことはなにか」。明確に言葉にできるようになると、行動が変わってくると思います。

今年のゴールデンウィーク、みなさんはお子さんの『帰るよ』を、不安なく迎えられたでしょうか。

内田 英子
FPオフィスツクル代表