「日本初の視覚障がいJリーガー」として話題になった松本光平【写真提供:(C)Y.HATANAKA】

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「日本初の視覚障がいJリーガー」 松本光平インタビュー第1回

「日本初の視覚障がいJリーガー」として話題になったアスリートがいる。2025年にJ3・高知ユナイテッドSCでプレーした松本光平(36)だ。6年前に右目の視力を失い、左目の視力も大幅に低下する大怪我を負った。幾度の困難を乗り越え、今もなおピッチに立つ思いを、「THE ANSWER」が全3回にわたってお届けする。第1回は「アスリートにおける食の重要性」。(取材・文=THE ANSWER編集部・戸田 湧大)

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「あんまりサッカー得意じゃなかったんですよ」

 サッカーを始めたのは5歳の頃。初めてボールを触った当時の記憶は今でも残っている。「できないのが悔しくて。このまま終わりたくない。悔しい、負けたくないっていう気持ちで続けてきました」。究極の負けず嫌いは今もなおサッカーを続ける原動力だ。

 中学からはセレッソ大阪のジュニアユースに入団すると、高校ではガンバ大阪ユースで右SBとして3年間プレーした。宇佐美貴史や倉田秋(ともに現ガンバ大阪)らとしのぎを削り、2度の日本一も経験。順調にJリーグへの道を歩んでいたかに思えたが、現実はそう甘くなかった。

 高校を卒業後、ガンバ大阪のトップチームには昇格できず。プロの道を模索するため、必死の思いで渡英し、プレミアリーグ・チェルシーのコミュニティーに加入。そんな中、ホームステイ先で体験したのは強烈なカルチャーショックだった。

 朝、昼、晩全ての食事がカレーの一家。賞味期限が切れたものばかりが食卓に出る一家。具のないパスタしか出てこない一家。栄養バランスが整えられた食事が当たり前ではないことを思い知った。

「自分のコンディションがすごく変わった。体重もお腹を壊してげっそり減ったり。食べるものでパフォーマンスは変わるし、身体もげっそりしちゃったので。自分の上手くいかなかった経験から『これやらなきゃだめだな』って」

「一瞬だけやっても意味がない」 継続性に必要なものとは?

 異国の地で身をもって感じた食事の重要性。当時の経験は“反面教師”として今もなお生かされているという。

「僕は体力に自信があるんですよ。今36歳なんですけど、この年齢でもそれを維持できているのは、食事がすごく効いているんじゃないかと思います」

 昨今、アスリートがパフォーマンス向上や疲労回復、怪我予防のために食事を管理することは当たり前という風潮がある。しかし「トップアスリートでも食事制限していない人はいっぱいいます」とキッパリ。その上で自身が食事にこだわる理由を明かしてくれた。

「上手い選手は別に何を食べようが上手いので。ただ自分は上手い選手ではないですし、追いつくためには細かいところにこだわってやらなきゃダメだと思っています」

 プロ入り前には繰り返した大怪我も、食事にこだわってからはパタリとなくなった。現在は揚げ物や調味料も一切禁止で、アルコールも口にしない。「多分無理して続けられないと思うんですよ。その一瞬だけやってもあまり意味がないことだと思います」と継続することが何よりも大事だと説明する。

「まずは自分を理解した上で目標設定して、維持していくことが大事。中高生の間は両親が食事提供することが多いと思うので、バランスの良い食事を考えてあげるとか。今だったらプロテインやサプリもジュニア用にあるので。周りのサポートはすごく大事なんじゃないかなと思います」

 食の重要性を強く認識するきっかけを掴んだ松本。そして2014年秋。約6年の“浪人期間”を経て、遂にプロのピッチに立つことになる。

(THE ANSWER編集部・戸田 湧大 / Yudai Toda)