1月下旬、都内のパーソナルジム。早朝から白のキャップに上下黒のトレーニングウェアを着用し、精力的に汗を流す男の姿があった。「こう見えて真面目なんですよ(笑)」。トレーニングの合間、岡本和真(29)はそうおどけつつも、はにかんだ。

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 22歳でプロ野球史上最年少記録となる3割、30本、100打点を達成。巨人軍第89代4番打者を務めた不動の主砲は、ついに海を渡り活躍の場を米大リーグに移す。渡米前、岡本は「週刊文春」の独占インタビューに応じ、メジャー移籍の舞台裏や故・長嶋茂雄終身名誉監督との秘話を明かした。

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インタビューに応じた岡本和真 ©︎文藝春秋

 岡本はポスティングシステムを利用し、トロント・ブルージェイズと4年総額6000万ドル(約93億円)の大型契約を結んだ。カナダ・トロントに本拠地を置くブルージェイズは、昨シーズンのア・リーグチャンピオン。ワールドシリーズでは大谷翔平を擁するドジャースと対戦し、優勝決定戦となった第7戦では延長11回までもつれる歴史的死闘を繰り広げた。

――ブルージェイズを選んだ決め手は?

「いくつかの球団から興味があると声をかけてもらっていました。契約期間や金額面はもちろん、球団施設や住みやすさなどの環境も重視しました。トロントには契約を結ぶときに初めて行ったのですが、めちゃめちゃ綺麗な街なんです。家族と暮らすのが今から楽しみですね。実は、僕がプロ入りするくらいのときのブルージェイズ打線が大好きやったんです。ジョシュ・ドナルドソンとエドウィン・エンカーナシオンがクリーンアップにいて最強だった。憧れていたチームに自分が加わることができて光栄です」

「英語がまったく喋れないので」と言いつつ30秒の英語スピーチ

 1月の入団会見ではカンペなしで30秒にわたり英語でスピーチ。「I will work hard every day and do my best for the team」などと抱負を述べ、最後は「Go Blue Jays!」で締めた。

「英語がまったく喋れないので代理人のスコット・ボラスと練習しました。せっかくならカンペなしで流暢に話したいと思っていたのですが、タジタジになってしまって……。シーズン中は通訳の方にレッスンしてもらう予定です。最低限のコミュニケーションくらいは取れないと」

――スコット・ボラスさんは「剛腕代理人」と言われ、ちょっとこわいイメージがあります。

「僕もありました。でも、実際はめちゃめちゃいい人でしたよ。会って間もない頃から僕のことを『ビッグ・オーク』(大きな楢の木)と呼んで、そのニックネームを気に入ったのか、ずっとそう呼ばれていますね。日本では『ビッグ・ベイビー』、『若大将』と呼んでもらっていましたが、メジャーでは『カズ』と呼んでもらえればと」

――移籍先をめぐっては、岡本選手は「好きなディズニーランドが球場の近くにあるロサンゼルス・エンゼルスを選ぶ」という情報もありました。

「メジャー移籍を目指す過程でカリフォルニアのディズニーランドには行きましたよ。(移籍先候補の球団との面談のため)渡米したのですが、その1日目に行きました。遊んでいると思われるから、当時は内緒にしてくれと(笑)。今度はフロリダのディズニー・ワールドにも行きたいんですよね。ブルージェイズのキャンプ地から2時間で行けるらしいので、休みの日を狙って。広すぎて1日だと回れないと聞いています」

――ブルージェイズといえば、1塁には主砲のゲレーロJr.が君臨しますが、岡本さんの本職である3塁のレギュラーは固定されていません。ポジションの希望はありますか。

「やはりサードがいいですね。ずっと守ってきましたから。けれど、メジャーのポジショニングは日本より深めに守るので、慣れるまで多少時間はかかるかもしれない。前回のWBCでメジャーの公式球を使って感じたのですが、NPBより滑りやすいんです」

――本塁打数、打率の具体的な目標は?

「目標となる具体的な数字はあまりないです。まずは1年間、怪我なく出られるようにしたいです。球の速さ、攻め方も日本とはまったく違うと思うので順応しないと。ボールも違う分、打感、打ったときの感触も違うんですよ」

プロ2年目で簡単に打ち取られた「大谷さんともぜひ」

――ゲレーロJr.選手や不動の1番打者スプリンガー選手に聞いてみたいことはありますか。

「やはりバッティングのことは聞いてみたいですね。これまでは映像を通してみていた存在なので、間近でプレーをみられるのは嬉しいです。ゲレーロはデカいんでしょうね。実際に会ったら『めちゃめちゃデカいやん!』ってなるんやろうなぁ」

――対戦したい投手はいますか。

「鈴木誠也さんが、パイレーツのポール・スキーンズ投手を『エグい』と言っていました。球速100マイル(160キロ)を超えますが、打席に立ったらもっと速く感じたそうです。WBCでも対戦する可能性があるのですが、打ってみたい。あとは大谷さんともぜひ対戦したいです。日本では一度だけ、僕が2年目のときに対戦したのですが、簡単に打ち取られた。ジャイアンツの先輩の菅野(智之)さんとの対戦も待ち遠しいです」

――日本人メジャーリーガーの先輩たちにメジャー挑戦について相談はしましたか。

「昨年のオフ、誠也さんとはご飯に行かせてもらいました。年齢が近く、(広島カープからジャイアンツに移籍した)丸(佳浩)さん経由で知り合って以来、親しくさせてもらっています。誠也さんをはじめ、吉田(正尚)さん、菅野さんから『炊飯器を持ってきた方がいい』と、アドバイスされたんです。だから新しい炊飯器を買ってみました」

――移籍が決まって、大谷選手にはご連絡されましたか。

「さすがに連絡できないですね。無視されてもショックですし……。どの先輩に移籍を報告したらよいか、悩むじゃないですか。ダルビッシュ(有)さんからは、移籍が決まってすぐに『おめでとう』と連絡をいただいて、嬉しかったですね」

――村上宗隆さんはホワイトソックスでプレーすることになりました。

「移籍が決まる前、『どんな感じ?』みたいな連絡は少し取りあっていました。交渉期限ギリギリまで、(どのチームと契約合意となるか)本当にわからないんです。ホワイトソックス入団は(契約合意の)発表後に聞きました」

電話をかけたら「カナダか!」と一言、情報を仕入れるのが早い先輩は…

 ジャイアンツからメジャーへ移籍した野手は、ニューヨーク・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜さん以来2人目となる。

――これまで11年間ジャイアンツのユニフォームに袖を通しました。

「ポスティングは自分の権利ではないので認めてくれた山口(寿一)オーナーをはじめ球団には感謝しかありません。日本一にはなれなかったですが、ジャイアンツでプレーできて良かった。あと、僕が入団したときに現役でプレーしていた先輩たちが監督やコーチになられていて感慨深いですね」

――阿部慎之助監督に報告は?

「電話をかけたら、向こうから先に『カナダか!』と。情報を仕入れるのが早い(笑)。阿部さんが現役だった頃、ロッカーがずっと隣でした。球団の人がわざと隣にしていたのか、真相は分からないままですけど。阿部さんはよく喋るタイプの人ではないですが、こちらから話しかけるといろんなことを教えていただきました」

――背番号はジャイアンツ時代の「25」から「7」に変わります。

「ジャイアンツで『7』をつけていた長野(久義)さんから連絡をいただきました。『ユニフォーム、交換しようね』と言ってくださいました(笑)」

――昨年お亡くなりになった長嶋茂雄さんも岡本選手のことをいつも気にかけていたそうですね。

「球場にいらっしゃるときによく声をかけていただきました。2024年5月、僕が不調に陥っているとき、長嶋さんにお招きいただき、入院されている病室で素振りをみていただきました。スイングする度に『OK』『ダメ』と声をかけてもらって。バッティンググローブをはめずに素手で素振り。目の前に立っていらっしゃったので、バットが滑って飛んでしまったらヤバい。でも真剣にみてくださっているので手を抜いたスイングはできない。時間にして30分から40分ほど。あんなに張り詰めた空気感で素振りしたのは初めてで、終わった頃には汗だくだった。僕にとってかけがえのない思い出です」

 2大会連続で出場となるWBC。2023年の前回大会では、決勝のアメリカ戦で本塁打を放つなど優勝に貢献した。

「WBC出場は契約条件には入っていませんでした」

――WBC出場にあたりブルージェイズと話し合いはありましたか。

「WBC出場は契約条件には入っていませんでした。契約する際、球団の方から『(出場は)意義のあることだから』と温かい言葉をかけていただきました。チームに早く馴染みたい気持ちもありましたが、やはり日本代表としてもう一度頂点を目指したい。球団が出場を後押ししてくれたことにとても感謝しています」

――連覇への意気込みを聞かせてください。

「今回はまず、ブルージェイズのフロリダキャンプに参加して、途中から代表チームに合流します。日本での1次ラウンドを勝ち抜けば、決勝トーナメントが行われるアメリカへ戻ることになる。日本とアメリカを行ったり来たりと負荷は大きいですが、時差ボケに慣れる良い機会かなって。前回とメンバーが少し違うのでチームに合流するのが楽しみです。優勝に対する期待値は前回より高くなっているでしょうが、期待以上の活躍を見せたいですね」

 口調こそ普段の穏やかな岡本だったが、「やることはこれからも変わらない」と語る顔には、 “世界の主砲”になる決意が漲っていた。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 電子版オリジナル)