毎週金曜日は「ギュッと肩を寄せ合い…」「パクっと口で」野口聡一さんが明かす、宇宙飛行士たちの『数少ない娯楽事情』
〈宇宙飛行士は、どんな私物を宇宙に持っていくのか…野口聡一が明かす、ちょっと意外な『宇宙生活でもっとも大事な道具』とは?〉から続く
居室空間や持ち込める私物が限られ、娯楽の少ない環境で日々生活している宇宙飛行士たち。そんな環境でもストレスを解消しようと、毎週金曜日には「あるイベント」が開催されるという。野口聡一さんの新著『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』(幻冬舎)から、一部抜粋してお届けする。
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元宇宙飛行士の野口聡一さん(書籍より、以下同)
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宇宙飛行士にも「花金」がある
最近の若い人たちは「華金」と表記するようですが、私はやはり「花金」のほうがしっくりきます。翌日の仕事や授業を気にせず楽しめる「花の金曜日」は、多くの人にとって1週間でもっとも待ち遠しい日ではないでしょうか。じつは、宇宙飛行士にとっても金曜日は「花金」なのです。
宇宙は昼夜のリズムが地上と異なるため体内時計が乱れやすく、心身に不調が生じる原因になります。また、ISSという閉鎖された空間において毎日同じメンバーで過ごす単調な生活も、ストレスの原因となります。
そこでISSでは、宇宙飛行士が心身ともにすこやかでいられるようさまざまな対策がとられているのですが、その1つがムービーナイトです。ISSでは、金曜日の夜はクルー全員で映画やドラマを鑑賞するムービーナイトが開催されるのです。
短期滞在だった1回目は、残念ながらムービーナイトは体験できませんでした。だからこそ、2回目と3回目の長期滞在では、毎週金曜日のムービーナイトを非常に楽しみにしていました。
ISSでは、NASAの通信衛星を介してインターネット接続が可能です。つまり、地上と同じように動画配信サービスも利用できます。2回目の滞在のときは、NASA支給のラップトップの前にクルー全員が集まり、ギュッと肩を寄せ合いながら映画を見たのを覚えています。3回目に滞在したときは、ありがたいことに100インチのスクリーンとプロジェクターが導入されており、大画面で鑑賞することができるようになっていました。
宇宙飛行士たちに人気の映画作品とは?
私がISS滞在中に見たのは『アベンジャーズ』に『エクスパンス』『マンダロリアン』と、アクションもの、宇宙ものが中心でした。「どれだけ宇宙が好きなの!?」というツッコミの声が聞こえそうですが、宇宙に憧れて宇宙飛行士になった人たちが集まっているわけですから、宇宙ものをつい選んでしまうのは当然のなりゆきといえるでしょう。
それにしても、宇宙を舞台にした作品を宇宙で見るなんて、なんともぜいたくだと思いませんか?
映画を見ながら、各自が持ち寄ったお菓子を食べるのも楽しみでした。私がある日用意したのは、スティック状の某大人気チョコレート菓子です。これを空中にヒューンと投げると、離れた場所に座っているクルーがパクッと口でキャッチし、お返しに別のお菓子を放ってよこす。そんな遊びもしたものです。
アルコール飲料はないものの、お菓子をつまみながら大画面で映画や動画を見て、「来週はどんな展開になると思う?」「あの宇宙の描写はちょっと非現実的だよね」などとみんなで語り合うひとときはクルーにとって最高の娯楽であり、また、チームビルディングに欠かせないイベントでもありました。
みなさんがいつか宇宙に行くときにはぜひ、ムービーナイトのような全員参加型のイベントを企画してみてください。きっと忘れられない思い出になるはずです。
クルー総出で、そうじをしていく
地上のホテルに連泊する場合、室内のそうじはホテルスタッフがしてくれます。外出して部屋に戻ってきたら、水回りも床もきれいにそうじされ、ベッドメイキングも完璧。非常に快適です。しかし、ISSではそうはいきません。
「宇宙ライフハック十か条」にもあるように、ISSはホテルではなく合宿所です。自分たちで自分たちが暮らす生活空間を、快適に過ごせるよう整えないといけません。そのため、毎週土曜日の午前中は「おそうじデー」と決まっており、クルー総出で1〜2時間かけてISSじゅうをきれいにしていきます。
とくにそうじが重要な部分が「フィルター」
とくに重要なのがフィルターそうじです。
ISSでは空気循環システムが24時間365日稼働しており、空気取り入れ口のフィルターにあらゆるものが吸い寄せられます。こまめにそうじをしないと、宇宙飛行士の髪の毛に爪、皮膚や皮脂、衣類の繊維、実験で生じた紙くずなどの微細なごみで、フィルターがあっという間におおわれてしまいます。
フィルターが目詰まりを起こすと空気循環システムの性能が落ち、ISS内の二酸化炭素濃度が上がるためとても危険です。実験棟で行われている精密な実験にも悪影響をおよぼしかねません。そのため宇宙飛行士は、週に一度は必ず、ISS内のすべてのフィルターをそうじ機できれいにしていくのです。
フィルターそうじという重要なミッションを終えたら、壁や床、テーブルを拭いていきます。食べかすやソースが飛び散っている可能性が高い食卓のまわりや、クルーがひんぱんに触れる手すり、スイッチなどは念入りに拭き上げます。
ちなみに、アルコール成分入りの洗剤は使用できません。空気中にアルコール分が存在すると、空気循環システムがうまく作動しないおそれがあるからです。「アルコール成分入りの洗剤ならもっと簡単に汚れが落ちるし、除菌もできて便利なのに」と思いながら、アルコール成分ゼロの中性洗剤を使ってISSのすみからすみまで磨き上げます。
遠くない将来、多くの人が宇宙に行けるようになるでしょう。ただ、宇宙船や宇宙ホテルで地上のホテルと同等のサービスを受けられるとは限りません。「そうじなんて親や配偶者、家事代行サービスにまかせきりでやったことがない」という人も、宇宙の暮らしを夢見ているのなら、身のまわりのことくらいは、自分でできるようにしておきたいところです。
〈日本食は宇宙でも大人気…元宇宙飛行士・野口聡一さんが明かす『すし』でも『ラーメン』でもない、特に人気なメニューとは?「まさに宇宙食にうってつけ」〉へ続く
(野口 聡一/Webオリジナル(外部転載))
