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海外に財団を設立し、資産を移せば日本の課税は及ばないのか――。この問題が争われたリヒテンシュタインの財団をめぐる課税訴訟では、「実質的支配」だけでなく、そもそも税制の適用要件を満たしているのかが問われました。東京高等裁判所は、国税当局による追徴課税を取り消しましたが、その理由は単なる実質判断ではなく、タックスヘイブン対策税制の適用枠組みそのものに踏み込むものでした。この点で、実質支配を重視した東京地方裁判所との判断は明確に分かれています。

海外資産を巡る課税の争点

日本の居住者が2005年、タックスヘイブンとして知られるリヒテンシュタインに財団を設立し、その財団がバハマの法人株式を通じて多額の資産を保有していました。

これに対し国税当局は2023年、当該居住者が実質的に財産を保有していたと認定し、タックスヘイブン対策税制(CFC税制)を適用して追徴課税を行いました。

本件を巡る司法判断は分かれています。2025年9月の東京地裁判決は国側勝訴でしたが、2026年4月14日の東京高裁判決ではこれが覆され、追徴課税は取り消されました。判断が真っ向から分かれたことで、最終的には最高裁の判断が注目されています。

リヒテンシュタインという国

リヒテンシュタインは、スイスとオーストリアに挟まれた小国です。国土面積は日本の小豆島とほぼ同程度で、人口は約4万人、公用語はドイツ語です。

税制面では、法人税率は12.5%と比較的低く、所得税・相続税・贈与税が存在しない点が特徴です。こうした制度から、国際的にはタックスヘイブンとして認識されてきました。

欧州を揺るがしたLGT銀行事件

リヒテンシュタインを巡っては、過去に大規模な脱税事件も発生しています。

2006年、ドイツ連邦情報局(BND)は、同国のLGT銀行の元行員から約500万ユーロで約1,400人分の顧客名簿を入手しました。これを受けて2008年初頭、ドイツの検察当局と課税当局は脱税摘発に乗り出しました。

顧客の半数以上がドイツ人で、預け入れ資産は約40億ユーロに達していたとされます。手法としては、資金をリヒテンシュタインの匿名財団に移し、その後スイスなどに預金することで利子課税を回避するスキームが用いられていました。

EU全体に広がった課題

こうした問題は、リヒテンシュタイン一国にとどまるものではありませんでした。

EU域内では、自国の金融機関に預金すれば利子所得が把握される一方、他国の金融機関に預金することで課税を回避しやすい構造がありました。このため、越境的な脱税が広がる要因となっていました。

この状況に対応するため、欧州委員会は2003年に利子課税指令を導入し、他の加盟国居住者の預金情報を居住地国へ通知する仕組みを整備しました(同指令は2015年に廃止されています)。

本件の核心――「実質的な支配」は誰か

今回の事案で争点となっているのは、形式上は財団が保有している資産について、実質的に誰が支配しているのかという点です。

リヒテンシュタインの財団は、低税率に加えて匿名性が高いという特徴を持ちます。そのため、形式と実質を切り分けることが難しく、課税関係の判断が分かれやすい構造にあります。

地裁と高裁で結論が分かれた背景にも、この「実質的支配」の認定の違いがあります。今後、最高裁がどのような判断基準を示すのかは、日本のCFC税制の運用のみならず、海外資産を活用する富裕層の資産戦略にも大きな影響を与える可能性があります。

高裁は「実質的支配」の有無には踏み込まず、より形式的な法解釈を採用しました。すなわち、CFC税制の適用には、外国法人の株式等を50%超保有していることが前提となるが、リヒテンシュタイン財団にはそもそも株式という概念が存在しない。このため、同税制の適用要件を満たさないとして、課税処分の前提自体に疑義を呈しました。

矢内一好

国際課税研究所

首席研究員