長く入院する小児患者たちの命と尊厳を守るため、「院内ではマスクを」という医療関係者の投稿に対し、心ない声が殺到した

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何年も入院し続けている小児患者にとって「病院内のコンビニ」を訪れることは唯一の「遠足」であり、彼らの命を守るためにも院内ではマスクを着用してほしい、という医療関係者の投稿が先日、X(旧Twitter)で大きな注目を集めた。

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これに対して、「感染が怖いならコンビニに来るな」「菌を避けるから貧弱なままなんだ」といった心ない声が殺到。

多くの医療関係者が慨嘆するなか、「『菌を避けるから免疫が弱い』という声、何度か見た。これ、衛生仮説(幼少期の微生物曝露でアレルギーを予防するという概念)をまったく違う状況に誤用している」と投稿したのは、総合診療医・家庭医で、在宅医療に携わる医師、舛森 悠さん。

そこに綴られていたのは、病院内における「1枚のマスクが持つ意味」だった。

「戦う道具がない」人たちには当てはまらない

「『菌を避けるから免疫が弱い』という声、何度か見た。これ、衛生仮説(幼少期の微生物曝露でアレルギーを予防するという概念)をまったく違う状況に誤用している。衛生仮説は健常な免疫系の発達の話だ。疾患や治療で免疫細胞そのものが傷ついている状態には当てはまらない。

好中球(感染と最初に闘う白血球)が激減した状態で『菌に慣れさせろ』というのはヒビの入ったガラスに『もっと叩いて鍛えろ』と言うようなものだ。戦う道具がない、というのが正解に近い。

『(院内のコンビニに)来るな』と言う前に、少しだけ想像してほしい。月1のコンビニが『遠足』になる子どもの話を。蛇足かもしれないが、病院という場所はそういう子たちと私たちが共存している空間だということを、私はいつも意識している。院内での1枚のマスクが持つ意味は、外とは全然違う」

<舛森悠さんのXの投稿より>

「たかがマスク1枚で?」←健康な人には何でもない菌も命取りになるから…

投稿にある「好中球」(白血球)とは、体内に細菌やウイルスなどの異物が侵入した際に最初にかけつけて闘う免疫細胞。

その好中球が激減した「戦う道具がない」状態について詳しく伺ったところ、「わかりやすく例えると、城門が開け放たれた城に、兵士が1人もいないような状態です」と、舛森先生。

「がんの化学療法や骨髄移植の過程では、この好中球が劇的に減少することがあります。医学的には『好中球減少症(neutropenia)』と呼ばれ、特に好中球が500/μL未満になると『重症好中球減少症』となります。

この状態の患者さんにとっては、普段なら何でもないような、空気中に漂うカビの胞子、私たちの皮膚に常在している細菌ですら命を脅かす敵になり得ます。医学的には『日和見感染症』と呼ばれ、健康な人なら問題にならない微生物が重篤な肺炎や敗血症を引き起こすのです。

病院という場所は、健康な人が思うよりもはるかに多様な状態の人々が共存する空間です。中には感染が命取りになり得る方がいらっしゃいます」(舛森悠さん)

「見た目」ではわからない脆弱さを想像する力を

こうした患者さんにとって「マスク」は、「失われた免疫の防御を外側から補う文字どおりの『盾』になります」と、舛森先生は言う。

「小児がんの患者さんだけの話ではなく、臓器移植後に免疫抑制剤を服用されている方、関節リウマチなどの自己免疫疾患で免疫を抑える治療を受けている方、高齢で免疫力が低下している方……一見お元気そうでも、実は免疫が弱い状態にある方々は私たちの想像以上に社会の中にたくさんいらっしゃいます。そういった『見た目ではわからない脆弱さ』を想像する力が大事なのではないでしょうか」(舛森悠さん)

それは「あなたの命を大切に思ってる」の意思表示

だからこそ、目には見えない事情を抱えた人がいる可能性が高い「病院内」や「院内のコンビニ」などでは「マスクの着用」が必須なのだという。

「長く入院されている方々にとって、『院内のコンビニ』で自分の好きな飲み物を選んだり雑誌を手に取ったりする……そんな何気ない行為が、『自分はまだ日常や社会とつながっているんだ』と感じられる瞬間になるんです。特に普段は『患者』であるお子さんたちにとって、コンビニに行ける時だけは少しだけ『ふつうの子ども』に戻れるかけがえのない時間なのだと思います。

だからこそ、その場所が安全であることが重要です。大げさに聞こえるかもしれませんが、院内で1枚のマスクをつけることは、『あなたの命を大切に思っています』という意思表示だと私は考えています」(舛森悠さん)

大事なのは「想像力」を持つこと

それでも、医療関係者が「院内ではマスクをつけてほしい」と訴えることに反発を覚える人も少なくない。

「誰かを責めたいわけではないんです。ましてや、個人の自由を否定したいからでもありません。マスクをつけることはその人の自由を制限することではなく、病院という場所には目に見えない事情を抱えた人がたくさんいて、その1枚が隣にいる誰かの『明日を生きる可能性』を守っている、ということなんです。

医療者として日々感じるのは、『正しさ』で人を動かすことの限界です。『マスクは科学的に有効です』という説明だけでは心に届かないことがある。それはコロナ禍を通じて私たちが痛いほど学んだことだと思います。

病院で自分の隣に座っている人が、明日大きな手術を控えているかもしれない、抗がん剤の副作用で免疫が限りなくゼロに近い状態の人かもしれない。そういった事情は目には見えません。もしかすると隣にいる人が……という想像力を持ってくださる方が増えたら、医療者としてこれほど嬉しいことはありません」(舛森悠さん)

(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・はやかわ リュウ)