【書評】『幽民奇聞』怪異小説とも伝奇時代小説とも読み解き得る一冊
【書評】『幽民奇聞』/恒川光太朗・著/KADOKAWA/1980円
【評者】澤田瞳子(小説家)
古しえより存在したと伝えられる、常ならざる者「キ」。本作は、鬼とも妖怪とも不明な彼らの足跡を追う若き民俗学者・鶯谷を通じ、明治中期に絶えたキ一族の因縁を描く連作小説である。
あるいは動乱の幕末に、あるいは明治維新直後の混乱の社会に現れる「キ」は、人ならざる異能によって人間たちと関わる。ただ、彼ら以上にこの世の常識を裏切るのは、実は「キ」と対峙する人間の側だ。
幕末、奥羽越列藩同盟に参加した二本松藩では、味方の数倍の敵軍を前に、まだ十代の少年たちまでが戦に加わった。そのうちの一人、十三歳のタキは多くの仲間や家族を失うとともに、勝利に酔い、ならず者の集団と化した敵兵の姿を目の当たりにする。そんなタキを不可解な力で助けた「キ」は、確かに人の世とは相容れぬ異形であろう。ただそれであれば、抵抗のできぬ虜囚やその亡骸を辱めた敵は、果たしてまったき人間なのか。人の世で多くの罪を重ねた男に憤り、せめては功徳を積もうと彼の居場所を密告した結果、山中に生きる狒々など多くの「キ」を危険にさらした人間は、許されるべき存在なのか。
本作最終章において、暗殺者として育てられたとある「キ」は、法では裁けぬ罪を犯した男を無断で殺めたのをきっかけに、掟破りの殺人者と化す。とはいえ、ここにおいて正しいのはいったい誰であろうか。人とは、人ならざる者とはそもそも何であり、誰がいかにしてそれらの別を決めるのか。その曖昧な境界にたゆたう無数の影は、鶯谷自身にまつわる来し方とあいまって、読者に自身の在り方を突きつける鏡ともなる。
虚実・正邪の入り混じった混沌を通じて、日本の近代の始まりを新たな切り口で提示する、怪異小説とも伝奇時代小説とも読み解き得る、非常に贅沢な一冊である。
※週刊ポスト2026年4月17・24日号
