105期『蓮ノ空』が描いた継承と喪失の1年ーーシリーズ初の挑戦、“集大成”のライブに託されるものとは
2026年3月30日に『ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』(以下、『蓮ノ空』)の2025年度最後のバーチャルライブ『Bloom Garden Party 105期 Final Term Fes×LIVE STAGE ~11人で約束のライブ~』が開催される。
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■リアルタイム連動が結実する、卒業と未踏の挑戦
コンテンツの中心人物である日野下花帆をはじめとした103期生の入学から卒業までの3年間を内包した、まさにグランドフィナーレを飾るライブだ。公式側も、本ライブがアプリ『Link!Like!ラブライブ!』の集大成であると謳っている。103期生卒業後の展開についてはまだわからないが、少なくとも本ライブが、コンテンツとしてひとつの区切りとなるのは間違いないだろう。それに、103期生の卒業は『蓮ノ空』が目指してきた場所でもある。
『蓮ノ空』は『ラブライブ!シリーズ』初のリアルタイム連動型コンテンツとしてスタートした。スクールアイドルの入学から卒業までを数十話に凝縮させたものではなく、一日一日、アルバムをめくるように共有できる日常として――。少女たちの未熟さを、不安を、そして喜びを、余すことなく見せてきた3年間が、今満開の桜となって結実しようとしている。
『蓮ノ空』がここに至るまでの軌跡を描けたのは、ひとえに変化に対して真摯に向き合っていたからに他ならないと、私は思う。特に『Bloom Garden Party』に至るまでのこの1年は、『ラブライブ!シリーズ』の歴史を通してみても、極めて挑戦的な年だった。
『蓮ノ空』では2024年度をもって、当時の最上級生だった102期生が卒業している。そのため、2025年度から始まった105期体制は、『ラブライブ!シリーズ』でも前例のない「オリジナルメンバーが卒業したあと」を描いてきた。歴代シリーズでも最上級生の卒業が作中で描かれることはあったが、卒業をもって物語に幕を降ろすのが通例だったため、その先まで深く言及される機会はない。ゆえに、オリジナルメンバーがいなくなった後の変化にここまで踏み込んだのは『蓮ノ空』が初だろう。
『ラブライブ!』において、“変化”はさほど珍しくはない。特に、新メンバーが加入し、新たな色が加わることは往々にしてある。それは『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』が三船栞子の加入を描いてから、『ラブライブ!シリーズ』のお約束でもあるのだ。事実、『蓮ノ空』でも104期から新入生が加入し、新たな色を見せてくれた。105期にはライバルユニットであったEdel Noteが加わり、伝統の学舎に新風を巻き起こしている。だが、それらはあくまで“出会い”がもたらす変化。105期『蓮ノ空』では、102期生との“別れ”がもたらした――ある意味では喪失とも言えるかもしれない――変化までをもリアルなまでに映し出していた。
■ユニット楽曲が示した不在のリアリティ、105期『蓮ノ空』が変化を描いてきた証
その最たる例が、102期生の卒業とともにユニットの楽曲の路線を大胆に変更したことだろう。『蓮ノ空』では、誰が作曲作詞を担当しているのか、曲ごとに設定されているケースが多い。だからこそ、楽曲には作り手であるメンバーの色が強く反映される。その点、102期生は全員が作曲作詞を満遍なくこなせるクリエイター集団だったため、103~104期の曲は彼女たちの自我が強く表れていた。
だとするならば、102期生が卒業した105期で、楽曲の色が変化するのは当然だろう。華やかさと雅やかさをまとっていたスリーズブーケは、ポップでキュートに。緊張感を漂わせるスケールを見せてきたDOLLCHESTRAは、がむしゃらでパワフルなより等身大の姿を。キュートでアグレッシブなみらくらぱーく!は、温かみと落ち着きも兼ね備えたユニットに。それぞれ、これまでとは違う顔を見せていた。そんな楽曲の変化は、決定的に102期生の不在を実感させるものでもあった。我々が好きだったユニットの色は、そのまま“102期生らしさ”でもあったのだと。
それが如実に表れていたのが、スリーズブーケの「乙女詞華集」だろう。かつて乙宗梢が手がけた、「千変万華」を参考に百生吟子が作った曲。曲のキー、コード進行、メロディまで原点と共通するところが多い。そのため、本楽曲に105期よりも前の、乙宗がいた頃のスリーズブーケらしさを感じた方もいるだろう。実際、百生役の櫻井陽菜も、本楽曲に以前の「スリーズブーケらしさ」を見出していた。
別れとは、別れた瞬間だけに実感するものではない。少し広くなった部室、主のいない私物、日常のほんの些細な違和感に、改めてお別れしたことを気づかされる。105期における楽曲は、そんな別れと、別れの先で強いられる変化をファンに共有する媒体でもあった。
105期体制の『蓮ノ空』を見ながら、寂しさが拭えなかった方もいただろう。その感じ方は、まったくもって正しい。それこそ、過酷なほどに105期の『蓮ノ空』が変化を描いていた証なのだ。まだ涙が乾かないまま進んでいかなければいけない不安や焦燥感。そして、ほんの少しの未来への期待。一瞬一瞬で生まれる生の感情を、スクールアイドルは包み隠さずファンと分かち合っていたのだから。そんな「102期生がいなくなった」という体験と寂しさの共有は、リアルタイム性を貫いてきた『蓮ノ空』の強みであり、スクールアイドルとファンを繋ぐ絆だった。
精神面でも、クリエイティブな面でも『蓮ノ空』の核だった102期生3人の離脱。だが、生まれたのは悲しみだけではない。残された後輩たちが、「去年と同じかそれ以上」のものを届けなければと自分たちだけで足掻く姿。偉大な存在の喪失を経て訪れた、少女たちのひたむきな日々をともにする中で、明日へ進む勇気をもらったのではないだろうか。
期待に胸を膨らませ、学舎の門をくぐった103期。後輩を迎え、光のおとぎ話をハッピーエンドへ導いた104期。そして、星になれなくとも力強く大地を踏みしめ、憧れとの距離と己の位置を知った105期。積み重ねてきた軌跡は満開の桜となって、4度目の春の訪れを実感させる。精一杯に青春を駆け抜けた彼女たちのグランドフィナーレを、ぜひ見届けてほしい。
(文=北野ダイキ)
