ー人の命を人はどうしようもできない。その無力感を痛いほど実感した河原さん。そしていよいよ、別れの時がやってくる。尿が出なくなり、多臓器不全に陥り、ここから1、2日で亡くなるという宣告を受け、心臓はまだ動いているが、人工呼吸器をいつ外すかという決断をすることになった。

「医療ドラマでは、人が亡くなる瞬間ってとても騒がしくてドラマチックな描き方が多いですが、私たちの場合はただ静かに、我が子の心臓が止まるのを見守るという感じで、人が死ぬ時ってこんなに静かなんだと思いました」

◆救われた“知人の一言”

 亡くなった三男は、他の兄弟と歳が離れていたこともあり、家族みんなに愛されていた存在だった。それから夫は、三男の写真や動画だけでなく、話題にあげることすら避けるようになり、次男は精神的に荒れ、人に迷惑をかける行いをしてしまう時期もあったという。

「悪気なく『あと二人も子どもがいるんだからいいじゃない』と言われたこともありますが、三男を失った痛みは今もまだ乗り越えたとはとても言えません。同じ家族でも、三男の死の受け止め方がまったく違うからこそ、ぶつかる部分もあります。

風邪が原因で亡くなっているので、もし私がお店やってなかったらとか、もしこの人に会わせてなかったら風邪を引かなかったんじゃないか? とか、三男の死を納得してるはずなのに、何かの拍子で、後悔の念が浮かび上がってくる瞬間はまだあるし、これは一生続くのだと思います」

 母親という立場だからこそ、自分を責め続けなければならないのでは? という罪悪感に、しばらくの間、苛まれたそうだ。そんな時、救われたのが何気ない他者の一言だったという。

「亡くした直後は、自分でも驚くほど何もできない時期がありました。我が子が死んで、命の重みを知ったからこそ、自分もちゃんと生きないといけない、時間を無駄にしてはいけないという想いとは裏腹になって、ずっと自分を責めていました。そんな時に『“何もしていないこと”をしているんだよ』と言われて救われたんです。自分を責めなくていいなと初めて思えました」

◆「子どもの死」を経験した親として、はじめたこと

 罪悪感から解き放たれた河原さんは、そこから新たな境地に辿りつく。三男の死を絵本にして伝えるという活動だ。2020年9月に『ママ、ぼくがきめたことだから』という絵本を出版したが、どのような想いがあったのか?

「私もそうでしたが、お子さんを亡くした母って、やっぱり自分のせいで亡くなったと思うんですよね。後悔のポイントが多いというか、流産だったらもっと動かなければよかったとか、病気だったら自分が健康に産んでいたらよかったとか。

でもある日、人って自分の人生でやりたいこと、やらなきゃいけないことがあって産まれてきたと仮定したら、息子が3歳で亡くなったことや、私が子を亡くすという経験も何か意味があったんじゃないか? と思ったんです。私にも三男にも何かの使命があるとしたら、3歳で亡くなるということも、その子が生まれる前に決めてきたことなんじゃないか? そしてその経験を多くの方に伝えることが、私の使命なんじゃないかって」

 三男が3歳という短い人生を生き、終えるということ。そして母として、その経験をすること。それは生きている人間のせいではなく、そういう人生を自分たちそれぞれで決めてきた。そう思うことで、河原さんは「子どもの死」を初めて受け入れることができたという。

 そして悲しみに囚われ、そこから身動きが取れなくなっている誰かにも伝えたい。その真摯な想いが身を結び、絵本出版へと漕ぎ着けた。現在は、河原さん同様に子どもを亡くしたママの自助グループを立ち上げ、活動を継続しているという。

 三男が教えてくれた命の尊さは、河原さんの活動によって、今日も誰かの心に生き続けている。

<取材・文/SALLiA>

【SALLiA】
歌手・音楽家・仏像オタクニスト・ライター。「イデア」でUSEN1位を獲得。初著『生きるのが苦しいなら』(キラジェンヌ株式)は紀伊國屋総合ランキング3位を獲得。日刊ゲンダイ、日刊SPA!などで執筆も行い、自身もタレントとして幅広く活動している