連載:アナログ時代のクルマたち|Vol. 72 ランボルギーニ・カウンタック
【画像】センセーショナルな姿で登場し、世間を驚かせたランボルギーニ・カウンタック(写真9点)
車に関しては、今更説明の必要もないほど有名であるが、その名前については世界各国で呼び名が異なる、日本で一番ポピュラーな呼び方がカウンタック。アメリカではクーンタッチのようだし、フランスではクーンタッシュらしい。まあ、どうでもよいことかもしれないが、そもそも何故、この名前になったか、である。ランボルギーニはミウラ以来、その名前は闘牛にまつわる名称と、相場は決まっていたのだが、その伝統を破った唯一の車がカウンタックであった。
ガンディーニは、モーターショーに出展するために、夜勤に明け暮れていた時、一緒に働いていたプロファイラーがたびたび口にする言葉が、名前になったと言い、一方のスタンツァーニがバルボーニに伝えた説は、その制作中の車を見るためにボブ・ウォレスと共に、深夜に工房を訪れた際、暗い工房の電気をつけた警備員が放った言葉だったと説明する。どちらもピエモンテの方言で驚きを表す言葉だが、本来のスペルはCountachではなくCoutaccだという。
さて、そんな名前が付けられたカウンタック、スーパーカーとして異例の、1974年から1990年まで、実に16年もの長きにわたって作り続けられた。プロトタイプでは5リッターのV12ユニットが搭載されていたが、このエンジンは脆弱でテスト中にブローしたといい、量産型に搭載されたのは、ミウラなどと同じ4リッターのV12であった。しかもクリーンかつシンプルだったボディには、エンジンの熱対策に苦労した結果か、大型のエアインテークがボディサイドに開けられていた。
そんな、当時としてはおよそ自動車離れしたデザインの、カウンタック第1号車を購入したのは、カナダ人の実業家、ウォルター・ウルフであった。念のため付け加えると、彼が購入した車のシャシーナンバーは、1120006で、量産モデルとしては4番目の車であったが、一般向けに販売された車両としてはこれが最初のモデルということである。ボディカラーは当時は珍しい、白であった。
そんなウォルター・ウルフといえば、もちろんF1でも有名だが、ランボルギーニのコレクターとしても有名であり、ウルフ・カウンタックといえば、日本のスーパーカーファンなら誰もが知る存在でもある。シャシーナンバー 1120006 のカウンタックを購入したものの、ウォルター・ウルフはその性能に満足していなかった。
ちょうどそのころ、彼はF1パドックでも名をはせる人物となっていた。というのも、資金難に陥っていたフランク・ウィリアムズのF1チームをサポートし、その見返りとしてウィリアムズの株式の60%を取得した。これが後のウォルター・ウルフF1である。ランボルギーニと密な関係があり、F1パドックの有名人となれば、当然ながら元ランボルギーニのエンジニアであり、自らの会社ダラーラを設立したジャンパオロ・ダラーラとの関係も深い。そこで彼は、カウンタックのスペシャルモデル製作を依頼した。ダラーラのもとに送り付けられたのは、赤く塗られたシャシーナンバー 1120148のノーマルLP400であった。
