”同業に転職”で退職金が全額不支給は「違法」 プルデンシャルの”エグゼ”が起こした裁判の顚末

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功労者でさえ「退職金は1円も支払われない」

プルデンシャル生命保険で「レジェンド」と言える存在だった元エグゼクティブ・ライフプランナーが、退職金の不支給を巡って古巣と法廷で争い、和解に至っていたことが判明した──。

「プロフェッショナル集団」として知られた外資系生保の雄、プルデンシャル生命が今、創業以来の危機に直面している。今年に入り、社員や元社員ら100人以上が関与し、顧客から総額31億円以上を不正に取得したとされる前代未聞の不祥事が発覚。架空の投資話を持ちかけるなどの手口で、長期間にわたり顧客を食い物にしていた実態が明るみに出た。この事態を受け、2月1日付で社長が交代し、会社として責任を取る姿勢を示した。また、金融庁も立ち入り検査に入るなど、そのブランドイメージは深刻な打撃を受けている。

今回の不祥事の背景には、成果至上主義ともいえる独自の企業文化があると指摘されている。その厳しさは長年会社に貢献してきた功労者に対しても例外ではなかった。業界内で名を知られた人物であっても、世間の常識から大きく外れた”掟”が容赦なく適用されていたのである。

それは、「同業他社に転職した場合、退職金は1円も支払われない」というルールだ。

そして、この理不尽な制度に、同社の営業職における最高位「エグゼクティブ・ライフプランナー」の地位にあったA氏が、法廷闘争に踏み切っていたのだった。

今回、裁判の原告となったA氏は’00年代初頭に入社し、20年近く第一線で活躍してきた人物だ。同社の元営業社員は、A氏の社内での評判をこう語る。

「Aさんは、社内の誰もが知る有名人でした。営業成績が優秀なのはもちろんですが、それだけではない。世界的なトップセールスの組織で要職を務めるなど、人格的にも優れたリーダーでした。指導は厳しかったですが、自らの努力で培ったノウハウを惜しみなく後輩に教えていました。まさに『ミスター・プルデンシャル』と呼ぶにふさわしい人物です」

数年前、そんなA氏が突如として会社を去った。転職先は、複数の保険会社と契約し、多種多様な保険商品を扱う乗合代理店だった。

「営業社員は当然のことながら、プルデンシャルの商品しか売れません。Aさんは『本当にお客様のためになる提案をするには、複数社の商品を扱える代理店に行くべきだ』と考えたようです。プルデンシャルに強い愛着を持っている人でしたが、顧客への誠実さを選んだ転職だったと聞いています」(前出の元営業社員)

しかし、会社側の対応は冷ややかだった。A氏には退職金が1円たりとも支払われなかったのだ。本来、A氏に支払われるはずだった退職金は数百万円。それが「ゼロ」になったのである。理由は、同社の「営業社員退職金規程」にある一文だった。

〈次の各号のいずれかに該当する営業社員に対しては、退職金を一部もしくは全額支給しないことがある。…(中略)…(3)事前に会社の同意を得ることなしに同業他社の業務に従事するに至った場合〉

“同業他社に行けば退職金は出ない”。これはプルデンシャルの社員であれば、誰もが知る周知の事実なのだが、A氏は泣き寝入りすることなく、東京地裁に提訴した。訴状によれば、大きく二つの論点で会社に挑んでいる。

「ミスター・プルデンシャル」の反乱

一つは、「転職について事前に会社の承諾を得ていた」という点だ。A氏は転職にあたり、所定の書類を提出し、事前にプルデンシャルの承諾を得ており、不支給の要件である「無断での同業他社への就業」には当たらないと主張した。

そしてもう一つが、この規程そのものの違法性だ。

──約20年間にわたり極めて多数の契約を成立させ、会社に貢献してきた功労を、転職という一点のみで全て無にするのはおかしい。そもそも、憲法で「職業選択の自由」が保障されている以上、退職金を人質に取って社員の転職を過度に縛り付けるような社内規程は、社会の常識(公序良俗)に反しており、法的に無効である──(訴状にあるA氏訴えの要約)

そう訴えたのである。

A氏が主張した「転職について事前に会社の承諾を得ていた」という点について、プルデンシャル側はこれを全面的に否定している。会社側は、A氏が根拠とした書類について「単なる手続き上の書類であり、転職そのものを認めたものではない」と反論した。

「承諾の有無」についての応酬が続く一方で、本質的な問題である「退職金不支給の正当性」に関しては双方、どのような主張を展開したのか。プルデンシャル側は、準備書面の中で、退職金を支払わない正当性を次のように主張した。

〈被告は、他社にない、被告独自の育成プログラムを有していることから、あえて色のついていない、全く保険募集の経験を有さない未経験者のみを営業社員として採用することとしている。…(中略)…被告は、独自の営業社員の育成及び生命保険販売のノウハウを有し、また多大な育成コストを費やしているところ、何らの制限もなく営業社員の退職を認めていては、被告が費やした多大な育成コストを回収することができず、そのうえ被告の貴重なノウハウが同業他社に流出する事態となる。このような事態を避けるため、被告は、営業社員の同業他社への就業を抑制すべく、競合他社に就職した場合には退職金を不支給とする正当な利益を有している〉(被告第1準備書面より)

つまり、

「未経験者を採用し、多大なコストと時間をかけて独自のノウハウを教え込んだのだから、そのノウハウを持って同業他社に行くなら退職金は支払わない」

という理屈だ。さらにプルデンシャル側は、自社の営業社員がいかに優秀であるかを証明するため、国内大手生保を引き合いに出し、具体的な数字をもってその優位性を主張した。

被告第2準備書面によると、’18年度におけるプルデンシャルの営業社員1人あたりの新規契約高は、日本生命の約7.3倍、第一生命に至っては約13.9倍にもなり、この圧倒的な生産性の高さこそが、同社独自のノウハウの賜物であると主張している。これに対し、A氏側は猛反論を展開している。

〈新規採用時に、会社からの研修を受けたものの、それ以降の営業成績は、個人の技量に支えられたものであって、会社の特殊ノウハウによって、得られた成果とは到底言い難い。被告会社は、あたかも特殊営業ノウハウがあるかの言辞を用いるが、被告会社の営業社員は、離職率が非常に高く、被告会社のノウハウが営業成績を向上する鍵を握っているということはまったくないことは明らかなのである〉(原告第3準備書面)

つまり、入社当初の研修があったとしても、その後の長いキャリアを支えたのは本人の努力と技量に他ならない。本当に会社が誇る「特殊ノウハウ」が成績を保証するなら、なぜ多くの社員が脱落し、辞めていくのか──。そう矛盾を突き、実態とかけ離れた理由で退職金を没収するのは憲法で定める「職業選択の自由」を侵害し、公序良俗に反して無効であると強く主張したのだ。

そもそも、プルデンシャルの退職金制度自体が「長く勤めなければ報われない」という仕組みになっている。この点について、前出の元社員はこう解説する。

「実は、プルデンシャルの退職金制度には”20年かつ55歳”という大きな壁があります。勤続20年以上で、かつ55歳以上。この両方を満たさないと、退職金の計算に使われる係数が極端に低く抑えられてしまうのです」

A氏は最高位の「エグゼクティブ」まで上り詰めた功労者だが、この条件にわずかに届かなかった。そのため、退職金は数百万円にとどまっていた。もし条件を満たしていれば、数千万円になっていた可能性もあるという。会社への貢献度を考えれば少額ともいえるこの権利すら、同社は「同業他社への転職」を理由に認めなかったのだ。

双方が真っ向から対立したこの裁判。結末は、意外な形で幕を閉じた。請求額の半額で「和解」が成立したのだ。和解の理由は不明だが、プルデンシャル側は「退職金不支給の規程」についての明確な司法判断がなされることを避けた可能性も考えられる。

辞めたら最後、「顧客への電話」も許されない

最終的に、退職金を巡る争いは、請求額の半額を支払うという「和解」で幕を閉じた。しかし、会社を去っていく営業社員に対するプルデンシャルの異常なまでの警戒心は、退職金だけのことではない。

会社を辞めれば、在職中に契約をとった顧客との連絡は一切禁止されるというのだ。これは同じ保険業への転職だけでなくすべての業種が対象で、たとえ学生時代の同級生や親戚であっても例外ではないという。前出の元社員はこう明かす。

「退職後は一切の連絡禁止。これは入社時と退職時の二度にわたって誓約書にサインさせられます。入社時には『プロジェクト100』と称して、自分の友人や知人100人のリストを作らせ、そこへの営業を推奨する。しかし、ひとたび会社を辞めれば、たとえ個人的な友人であっても『会社の顧客』として扱われ、連絡を取ることすら訴訟リスクとなるのです。必要があって昔のお客さんに連絡したことがバレて、会社から『法的措置を辞さない』と警告された人は実際にいます」

フライデーデジタルは、一連の退職金不支給規程の合理性や憲法が保障する「職業選択の自由」との整合性、和解に至った理由、さらに退職後の顧客連絡禁止の運用実態について、同社に質問状を送付した。

これに対し、プルデンシャル生命保険広報チームは、

「ご質問につきまして、大変恐縮ですが、本件は個別の訴訟事案に関するものも含まれることから、事案の詳細や経緯についてのコメントは差し控えさせていただきます」

と返答。一切の言及を避けた。

A氏のような功労者ですら、裁判を起こさなければ退職金が貰えない。しかも、信頼を寄せてくれた友人にさえ挨拶すら許されない。これが、華やかな外資系保険会社の退職者に対するリアルなのである。

生活苦から不正に走ったとされる現役社員たちと、会社を去るや否や「利益を生まない」として切り捨てられる功労者。一見異なる問題だが、根底にあるのは「稼ぐ人間こそ正義」という論理だろう。

この裁判と世間を震撼させている巨額不祥事は、人間よりも利益を最優先する歪んだ企業風土が生み出した、まさに表裏一体の闇といえるのではないだろうか──。

取材・文:酒井晋介