@AUTOCAR

写真拡大 (全5枚)

2007年東京モーターショーで正式発表

8月26日、日産自動車(以下、日産)の栃木工場でR35型『日産GT-R』の生産が終了し、メディアやサプライヤーなどのゲストを迎えてオフライン式が行われた。

【画像】18年間で約4万8000台生産!R35型日産GT-Rが栃木工場でついにオフライン 全53枚

2001年の東京モーターショー(以下、TMS)で『GT-Rコンセプト』がお披露目され、2005年のTMSで『GT-Rプロト』というほぼ完成形が登場。そして2007年のTMSで正式発表されて以来、18年間で約4万8000台が生産された。そのうち、日本で約1万7800台、米国で約1万4000台、EU(英国含む)で約8900台のR35型GT-Rが販売されている。


8月26日、最後のR35型日産GT-Rが栃木工場で完成。生産が終了した。    田中秀宣

『誰でも、どこでも、どんな時でも最高のスーパーカーライフを楽しめる』というコンセプトを具現化した新次元のマルチパフォーマンススーパーカーとして、GT(グランドツアラー)性能を実現しつつ、R(レーシング)技術を体現する世界最高クラスのクルマとして誕生。世界中のファンを魅了してきたR35型GT-Rだが、いよいよ生産を終了することになった。

第2世代のGT-R、つまりR32、R33、R34の『スカイラインGT-R』の3世代は、型式やボディスタイルは変わったフルモデルチェンジだったが、プラットフォームやエンジンは基本的に同じだった。だが、第3世代のR35 GT-Rは18年ものロングセラーではあるが、毎年のように小改良を重ねてマイナーチェンジも数回実施。外側をフルモデルチェンジすることなく中身を進化させてきた。

少量生産ロングセラーゆえの問題

では、なぜ生産を終了することになったのだろうか? 世界的なSUV人気や、日本ではミニバン人気に押されてスポーツカーやスペシャルティカーが売れないからだろうか?

R35型GT-Rにもっとも長く携わってきた、日産でシャシーシステム開発グループに属する松本光貴主担は「けっして市場的な理由ではありません。GT-Rはまだ売れると僕は信じています」と語る。


日産自動車の車両計画・車両要素技術開発本部シャシー開発部シャシーシステム開発グループに属する松本光貴主担。    田中秀宣

その理由は、ロングセラーの少量生産車という立ち位置にあった。R35型GT-Rは小改良を重ねてきたとはいえ、基本のプラットフォームやエンジンは18年前のものだ。

現在のさまざまな法規制、排出ガスや騒音、自動ブレーキやカメラといった運転支援装備の装着義務など、これらを対応させるためにかかるコストを上回る利益を出せるほど大量生産できるかと言えば、それはかなり難しいこと。

そしてサプライヤーから供給されるパーツで、もう手に入らない半導体などがあるなど、さまざまな理由があるようだ。

開発に携わってきたふたりが語るR35の思い出

オフライン式では、まず、栃木工場のゲストホールでオープニングのイメージムービーが上映された後、R35型GT-RとフェアレディZの前統括責任者で、現在は日産のブランドアンバサダーとなった田村宏志氏によるR35型GT-Rを振り返るプレゼンテーションが行われた。

そこでは18年間の進化や、モータースポーツにおける活躍、ニュルブルクリンクや筑波サーキットでのラップタイム記録更新、そして史上最速ドリフトによるギネス世界記録達成など、さまざまな思い出を語った。


R35型GT-RとフェアレディZの前統括責任者で、現在は日産のブランドアンバサダーとなった田村宏志氏。    田中秀宣

続いて、前出の松本氏が登場した。R35型GT-Rは初めてサーキットで開発された日産車で、ニュルブルクリンクでの開発初期は、外見は少し変なカタチのスカイラインだが中身はR35というクルマでテストを重ね、3〜5週間で6kgは痩せたという。

他にも、日本での開発部隊だった仙台ハイランドのガレージが突風で壊れたこと。ニュルブルクリンク24時間レースに参戦し、なんとか完走したこと。世界中のさまざまなサーキットでテストしたこと。

……などなど、懐かしく語った松本氏も来月で定年を迎えるという。

いつか再び戻ってくることを目指して

一同は工場へ移動し、最終生産車のオフライン式に臨む。R35型GT-R最後の1台は、『プレミアムエディションTスペック』。ボディカラーはミッドナイトパープルで、未公表だが既にオーナーは決まっており、日本のユーザーだという。

そして最後の1台はメディアやゲストの前でオフラインし、サプライヤーなどのゲストや工場のスタッフなどと記念撮影も行われた。


最後の1台を前に、サプライヤーなどのゲストや工場のスタッフなどと記念撮影。    田中秀宣

オフライン式に向けて、日産のイヴァン・スピノーザCEOのビデオメッセージも上映された。それによれば、今回のオフライン式はGT-Rとの永遠の別れではなく、いつか再びファンの前に戻ってくることを目指しているという。

現時点で正確な計画は確定していないが、GT-Rは進化し、再び登場する。日産は『GT-R』の名を次世代に向けて再定義することに取り組んでおり、R35から得た知見は次世代GT-Rの開発に不可欠であり、そのレガシーを進化させながら新たな基準を打ち立てることを目指すという。

次期GT-Rは、いつ、どのようなカタチでファンやメディアの前に現れるのか。ひとりのクルマ好きとしては、『R36』が登場する日が1日でも早く来ることを願ってやまない。